同じ世界で一緒に歩こう 43 |
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ところが。 「……なんだ、この部屋は……」 高耶さんと別れていた間に散らかり放題になってしまった私の部屋。そしてそのまま放置して高耶さん宅に住んでいたため最悪に汚い。 「つい、その、片付けるのを忘れて……というか、何もかもどうでも良くなってというか……」 腕に一発パンチをされた。痛かったが声を出さずに耐える。声を上げたら火に油を注いでしまう。 「今から掃除だ。直江もやれ」 窓を開けてからそこらじゅうに散らばったものを片付ける。 片付けはほんの20分程度で終わったが、次は掃除機をかけなくてはいけない。 「なんで自分で掃除しないくせにサイクロン掃除機なんか持ってんだよ。しかも超いいやつ」 以前、この部屋の掃除をしていた一蔵が「サイクロン掃除機にしましょうよ、タチバナさん」と言ったので買い求めた掃除機。 「邪魔だからどいてろ。……あと、寝室はおまえがやれよな」 そんなものがあるわけがない。第一ここへは連れてきていない。 「大丈夫ですよ。そんなものありません。あったとしてもあなたの下着ぐらいですよ」 背中を押されて寝室へ追いやられた。 まずはベッド。綾子が替えてくれた時から数えて2週間そのままになっていたシーツとカバーを外して取り替えた。 寝室の掃除を終わらせて出て行くと、ダイニングテーブルを拭いている高耶さんが顔を上げて終わったのかと聞いてきた。 「ええ、終わりました」 夕飯の買い物!久しぶりだ! 「どうした?行くぞ」 そう言うと、高耶さんは困った顔をして私に近付いてきて、少しだけ背伸びをしてキスをした。 「お互い様だからな、今回は」 高耶さんの手にはウサギの形をした財布。ふたりで使う生活費を入れていたものだ。
料理の最中、高耶さんが叫んだ。 「ない!!なくなってる!!」 高耶さんは料理を放棄してキッチンを隅から隅まで見て周り、それからリビングを見て、風呂場を見て、寝室を見た。 「てめえ、捨てやがったな……?」 忘れていた。鍵を渡すことだけをウキウキ考えていたからすっかり忘れていた! 「せっかく作ったクッションも!お揃いの夫婦湯呑も!マグカップも!全部捨てたのか?!」 こめかみに血管を浮かせて怒っている。ヤバイ。マジでヤバイ。おっと言葉が高耶さん風になってしまった! 「送り返されたものはまたここに持ち込むからいいけど!だからって全部捨てることないだろ〜!」 しまったぁ!先に謝っておけば良かった!気付かなかった自分のバカさ加減に腹が立つ! 「……許せねえ……」 取り返しのつかない捨ててしまったもの。それは高耶さんお手製のタイシルクで作ったクッションだけだった。 「今度の休みに一緒に買いに出かけましょう……?」 色々捨ててしまったせいで部屋の中はところどころ不自然な空間があった。 「だけどさ……直江がそこまでしたってのは、それだけ傷付いてたってことだもんな。今回は許してやるよ」 そんなわけで二人揃ってまた買い物に出た。まずは薬局へ。歯ブラシと高耶さん専用のボディスポンジを購入。 そして帰ってきて高耶さんは夕飯の準備を再開した。 本当に復縁したんだな〜と実感して幸せを噛み締める。 「あ、箸!」 まずい!箸も捨ててしまったのだった!! 高耶さんと私は箸もお揃いにしていた。お揃いというか色違いだ。 「あの箸、気に入ってたんだけどな……」 食器棚から割箸を出した。一応、来客用なのでそれなりに使いやすく、見た目もいいが、高耶さんには気に入らなかったらしくしかめっ面をしている。 「……なんでそう簡単に捨てるんだろうな〜……オレはちゃんと取っておいたのに」 しばらくの間は全面的に高耶さんの言うことには逆らわない方がいいだろう。 「ま、今日はしょうがないか。箸はおまえが責任を持って買っておけ。またあの同じのがいい」 ホッと胸を撫で下ろして夕食になった。今日のメニューは和食で、HLLTを過ごすつもりのなさそうな淡白なものばかり。 日曜日にエッチをしたにはしたが、久しぶりすぎて高耶さんの体がついて行かなかった。 だから私は非常に!!もう爆裂に!!欲求不満だ!!
以前と同じく別々にゆっくり風呂に入り、ホコホコしたところでソファでイチャイチャしていた。 「やめろ」 両手でドンと押しやられて、高耶さんが立ち上がった。 「あんまり暗い話はしたくないんだけど、やっぱオレ、泣くと思うし」 そ……そうだったのか……。あの時にそんなことを……。 「このまんまずーっとエッチなしになりそうだなって思ったから、我慢してみたんだけど。でもダメだったんだ。殴りたいのも、泣きたいのも、変わらないみたいだ。自分で思ってたより大人じゃなかったんだな、オレって。さっきだってお揃いにしたもの捨てられたからってあんなに怒る必要なかったんだ。わざわざ買いに出かけることも。もう少し、大人になんないといけないよな」 意外だった。去年からずっと日に日に高耶さんが大人になっていく姿を見ていた。だから自覚があると思っていたんだが。 「直江に嫌な気分ばっかりさせてるよな?」 パジャマ姿でペタペタと足音をさせて、彼はキッチンへ行った。 「これ飲んだら寝よう」 カップを持ってコクリと飲んだ彼の顔は、まだ幼くて、不安でいっぱいな気持ちを無理矢理押さえ込んでいるのが手に取るようにわかる。 「あなたが子供だとは思ってません。だけど大人だとも思いません。中途半端で未熟です。だけどこれだけは理解してください。あなたが抱えてる感情は無理のないものです。あなたは私を大人だって言いますけど、大人だってヤキモチは妬くし、泣きたくなるときだってあります。私が泣いてたの、あなたも知ってるでしょう?」 指の背で高耶さんの頬を何度も撫でる。目を閉じて猫のように擦り付けてくる仕草が愛らしかった。 「直江にだけは嫌われたくないんだよ」 カップを取り上げてキスをした。 「高耶さんは高耶さんのままでいてください。それ以上は望みません」 偉そうなことを言ってしまった手前、それ以上は何もせずにずっと彼の体を抱いて座っていた。
あれからベッドまで抱き上げて連れて行って、そのまま一緒に寝た。 どこかにいるのだろうと客間や和室、洗面所を覗いてみたがいない。 「おはよー。思ってたより遅かったな」 暖かな日差しでいっぱいのバルコニーに彼はいた。テーブルの上にはクロワッサンとスクランブルエッグ。 「早めに目が覚めたからパン屋で焼きたてクロワッサン買ってきた」 彼の手がサラダボウルをテーブルに置いた。完璧な朝食だ。 「顔洗ってこい。もう腹減ってガマンできそうもないから」 言われて室内に入る。時計を見ると午前10時。高耶さんのお腹がグーグー鳴り始めてから2時間と言ったところか。 「今日って休み?」 3学年のこの時期はそれほど重要ではない授業ばかりになるらしい。 「いいんですか?」 いいのだろうか……? 「今日は直江と一緒にいたかったんだ。どうしても」 昨夜のことが気になっているのだろう。たかがあの程度で私が高耶さんに対する気持ちを変えるわけがないのに。 「だからさ、昼になったら買い物に行こう。また湯呑も、箸も、スリッパも、お揃いのを買いに行こう」 まったく可愛らしいことを。そのためだけに学校を休むなんて。
それからしばらく経ったころ、高耶さんから携帯に連絡が入った。 何があったのかは予想がつく。ふたつにひとつだ。 いつもだったら走って出迎えてくれるはずの高耶さんが来ない。 廊下を進んでリビングへ。いなかった。キッチンにも、洗面所にも、客間にも和室にも。 慌てて手すりから下を見てみたがそれらしき痕跡はなかった。 「おい」 そうか、寝室は見てなかったな……。 「ほら、早く入ってこい」 手招きされて室内へ入ると、高耶さんは一通の封筒を出してきた。 「それで、どうなったんですか?」 高耶さんの表情からは合否がまったくわからない。おずおず手を出して受け取り、封筒の中身が薄いことに嫌な予感を催しつつ、中身を取り出した。 「……合格じゃないですか!」 親指を立てて突き出した高耶さんの腕を取り、そのまましっかり抱きしめた。 「おめでとうございます!これで東京にいられますね!美弥さんも大学へ行けますね!」 高耶さんを抱きながら読んだ紙面には、内定の通知と、後日説明会を開くが時期はまだ未定という内容の文章が書かれていた。 「ああ、本当に良かった!」 キスをしながら何が食べたいかを話し合って、抱き寄せたまま買ってきたケーキを冷蔵庫に入れて、肩を組んで玄関まで行き、タクシーに乗って銀座まで。 「酒飲んでいい?」 寿司に合う白ワインを一本頼んで、それから寿司を注文する。 「タチバナさん、なんのお祝いなんですか?」 顔を赤くして、嬉しそうに「ありがとう」と言った高耶さんの表情の美しいことったらなかった。 店からのお祝いです、と言われて一本お銚子を貰った。 ほろ酔いで満腹の高耶さんが甘えた口調でそろそろ帰ろうと言い出した。 「もう満腹ですか?」 カードで支払って(現金の持ち合わせでは足りないほどの値段だ)外へ出て、すぐにタクシーに乗ろうとしたが高耶さんは少し歩きたいと言った。 「千鳥足で散歩なんて嫌ですよ?」 銀座から皇居に向かって歩き出す。少しだけフラついているが大丈夫のようだ。 「天の川を歩いてるみたい」 浮かれているのは合格のせいなのか、酒のせいなのか。 「直江、こっち」 大きな滝の噴水の前、高耶さんは立ち止まり、その顔を私に向けた。 「あなたがそんなに浮かれてるところを見るのは初めてですね」 何組かカップルがいる公園で、彼は私の腕の中に入ってきた。こんなこと恥ずかしがる彼が。 「直江と離れないでいられるのが一番嬉しい」 誰に見られてるかもわからない。でもそれでもかまわないと思った。
その夜はそのムードのままタクシーに乗り込み、マンションへ戻り、寝室に入った。 高耶さん!!合格してくれてありがとうございます!!
END
あとがき これで後処理は終わったかしら?
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