最近、直江はよく考え込むことがある。
とりあえず話しかければ意識をこっちに向けてくれるからいいんだけど、なんだか何をしてても上の空。
悩みでもあるのかも?
だったらオレが聞いてやんなきゃいけないよな。彼氏なんだし。
今日こそは直江の悩みを聞いてやろうと夕飯を作って待ち構えていた。
夜8時、直江はいつものように部屋の鍵を自分で開けて帰ってきた。
あたりまえだけど玄関まで出迎えに行ってチューしてギューしてもらう。
「夕飯できてるぞ。すぐ食うだろ?」
「はい」
ニッコリ笑って頭を撫でて、それから寝室に着替えに行った。
オレはテーブルにグラスを出してワインを用意して……ってやってたんだけど、いつもだったらすぐに来る直江がなかなか来ない。
今日はハッピーラブラブディナーだってのに!
「直江?」
寝室を覗いてみると直江がまだ半裸で鏡の前で固まってた。
ボンヤリって感じじゃない。やっぱり何か考え込んでる感じで、オレの声すら聞こえてないみたいだ。
「直江ってば。夕飯冷めるから早くしろよ」
「あ、はい」
手に持ってたTシャツを被りながら寝室を出ようとする直江。
だけどさ、なんで鏡の前で固まってるわけ?しかも半裸。自分の体を見ながら考え込むってどーゆーこと?
テーブルについた直江はせっかくのHLLD(ハッピーラブラブディナー)だってのに、いつものような関心を示さないで大人しく食べ始めた。
ここまで静かな直江はちょっとキモい。
いつもだったら「おいしそうですね!高耶さん!これで精力付けて頑張ります!」とか言うのに。
「なあ、直江」
「なんでしょう?」
「……最近、なんかあったのか?元気ないけど」
「え……ええ、まあ……」
「悩み事だったら何でも言っていいんだからな」
直江は夕飯メニューのカキフライを見ながらちょっぴり溜息をついた。
今日のカキは直江が『カキのイカダオーナー』とかいうのになった会社から送られてきた新鮮なカキ。
なんと直江はカキの養殖をする際に使うワイヤー1本分のオーナーなのだ。300個ぐらいが直江のカキとして養殖されるんだって。
300個も食えないから半分は事務所で配って、半分は直江家で食ってるそうだ。
オレはこうして直江の冷蔵庫で冷凍されてるカキをしょっちゅう食えるんで満足してたりする。
「……あの、悩みというか……その……高耶さんの料理が美味しいので、つい食べ過ぎることが多くなってるでしょう?」
「あ?ああ。まあよく食うよな」
「……太りまして……」
「は?!」
「太ったんです……5キロほど……」
直江が5キロ太るってことは、前は確か体重が80キロぐらいって言ってたから85キロ?
そりゃ筋肉の塊みたいな体つきしてるからそんなもんだろうけど、その5キロは確実に脂肪だよな。
「来年すぐに仕事が入っていて、それで体重を絞らないといけないんですよ」
「そーなのか……それで悩んでるわけか。でも5キロなんてすぐだろ?」
「いえ……悩みは別なんです」
「なんだよ、そりゃ!」
太ったのが悩みってわけじゃないわけ?!じゃあなんなんだ、こんなに話を伸ばしておいて!
「5キロは問題なく減らせると思います。一ヶ月間ジムに通えばどうにかなりますが……」
「なりますが?何?」
「怒りません?」
「……言わなきゃわかんねーだろ」
怒るかもしれないけど、とは言わないでおいた。
「今までのパターンだと高耶さんは怒ると思うんですよ……」
「だから、とにかく言えっての」
イライライラ。
こんなにウジウジした直江は久しぶりだ。
まったく外見だけは男らしいくせにウジウジしやがって。めんどくせえな。
「どっちにしろ絶対にバレるので思い切って言います」
「早くしろ」
「……来年の夏の新商品のキャラクターに抜擢されたんですが」
「良かったじゃねえか」
「ヌードなんです。全裸の」
………………………………………………え?
「海外ブランドの男性用香水のイメージキャラクターで、そのイメージというのがオリエンタルなものですから日本人の私に話がきて、事務所がここらで再度全世界向けにやってみろと……」
ええと〜……それっていいことなんだろうけど……全裸?
「ほら、タチバナ引退説が出てたじゃないですか。それのせいで仕事がちょっぴり減りまして、私としては高耶さんといられる時間が増えたので嬉しかったんですけど、このままじゃどんどん仕事が減るぞと脅されたんです。確かに仕事が減ればせっかく就職が決まった高耶さんと一緒に仕事ができなくなるかもしれないでしょう?それで引き受けたんですけどね……この前企画書を見せられて全裸だと知りまして……」
直江の全裸……。それが世界中の雑誌に掲載されたりポスターになったりTVCM化したりするってことか?
うーん、すっごく微妙……。
「私が高耶さんの立場だったら絶対に反対しますから、引き受けたはいいものの、高耶さんがどう思うかが心配でならなかったんです……」
「……えーと」
今度はオレがグルグル考える番になった。
直江がさらに世界中で仕事ができる有名モデルに躍進する仕事。でも全裸。
全裸だけどその体つきを見て仕事がまたいっぱい来るようになれば、まだまだ直江のモデル稼業は安泰。
安泰だけど全裸を世界中に見られる。
でも安泰じゃないとオレと一緒に仕事できる可能性は減るから困る。
困るけど全裸。
「企画書とか貰ってるのか?」
「貰ってはいませんけど見せてはもらいましたよ。黒い背景に横たわった姿勢で上半身起き上がっている、という絵を見せてもらいました。もちろん横から撮影しますから大事なところは足で見えなくなりますが」
でもお尻は見えるんだよな、ちょっとだけ。
上半身裸の写真だったら今までだって何枚も撮られてるけど、下半身も……となると一回もない。
「体のケアをするのに2ヶ月間かかるそうで、その間に体重も絞って、筋肉もクライアントの望んだ形に仕上げて、肌を整えて……と、プログラムが組まれます。まあそれはどうにかなるでしょう。食事は高耶さんにも協力してもらってメニューをお願いしたりすると思います」
「そんなのはいくらでも協力するけど……」
全裸なんだよな〜。オレの直江が世界中に裸を見せるわけで……。
恋人としてはそれはちょっと勘弁してほしいんだけど、でも仕事なんだよな〜。
直江の仕事にはそーゆーのもありきだしな〜。
「契約はすでにしてしまったので……もう出ざるを得ないんですが……あの、高耶さん?」
「……んん〜」
困った!!納得しなきゃいけないのはわかってるんだけど!!
オレの彼氏はモデルなんだから!!だけど!だけど〜!!
「ヤダ!!」
「ですよね……」
「あー!ヤダヤダヤダ!!すっごいヤダ!!メッチャクチャヤダ!!」
「すいません……」
「うがー!ヤダったらヤダ!!このバカ!!」
「すいません!」
「…………よし、スッキリした!もうこの件に関しては考えないぞ!」
叫んでスッキリして直江に謝らせてもうこれで納得だ。
納得したってことにしよう!
オレも男だ!
「高耶さん?」
「がんばれ!世界に向けて躍進だ!」
「いいんですか?」
「いいもクソもねーだろ!オレがいいつったらいいんだよ!」
直江はポカーンとしながらオレを見てる。急にOKしたのが驚きだったんだろう。
オレだって学んだんだよ。
ワガママばっかり言ってたら直江の迷惑にしかならないってことをさ。今まで何度もケンカして学んだんだ。
「本当に?」
「本当にいい。仕事なんだもんな。だったら全力でやれ」
「は、はい」
「でもおまえはオレのものだから。全裸を世界中の女に見られたってオレのものだからな。そこらへんよーく覚悟しとけよ。女がウジャウジャ寄ってきたって目移りすんなよ。わかったな?」
「あたりまえじゃないですか!」
テーブルの上でしっかり手を握り合って見詰め合ってラブなオレたちの関係を深く確かめ合った。
うーん、やっぱ直江ってかっこいいな。
これが全裸……おっと、もう考えないようにしたんだっけ。
「んじゃ明日から全裸仕事に向けて邁進だ!今日はたくさん食っておけ!しばらくは粗食にすっからな!」
「はい!って、明日からでいいんですか?」
「今日のメニューをよく見ろ。これが何を意味するか」
「……HLLDじゃないですか!」
今頃気が付きやがって、このスカポンタン。
「では今日は残さず頂きます!今夜はどうぞよろしくお願いします!」
「おう!筋肉痛になるまで全身使って運動しろ!」
「はい〜!!!」
ようやくいつもの直江が戻ってきた。
気分はなんとなく複雑だけど、これも直江がオレのために取った仕事だってんなら何だって許すしかないよな。
まだ直江の身体改造プログラムが始まるまで時間はあったんだけど、少しでも早めにやっておくに越したことはないから、まずは食事のカロリー制限を始めた。
和食を中心にした食生活がいいってクラスの女子が話してたから、それを基準にするために図書館に行ってダイエットのための料理本を借りてきた。
それから次は直江に付き合ってランニングをする計画を立てた。
直江は1時間ばかり走って、オレは自転車で伴走をすればいい。
学校があるから早朝か深夜に限られるけど、1時間ぐらいなら毎日付き合っても大丈夫だ。
肌のケアはエステに行くらしい。男がエステってどうなんだって思うけど、モデルなんだから仕方ない。
ただ直江の全身をエステのお姉ちゃんに触られるのはすんごいイヤだ。
それを言ったら、なんて可愛いヤキモチを!って喜んでたけど。
課題がそんなに大変じゃない時はできるだけ直江の家にいるようにして協力してやるつもりだ。
もう就職も決まったし、課題も残すは2種類だし、ほとんど毎日直江の家にいたって構わないんだけどな。
そんな日々を送ってたある日、バイト先のバイカーズショップに来た女性客たちが爆弾を投下した。
その客はオシャレに気を使うタイプのギャルたちで、流行の派手なキラキラがついたTシャツを探しに来てた。
直江がまた撮影帰りだとかで「今日は一緒に帰りましょう」って言いに来て、兵頭とちょっと牽制しあってから外へ出ていつもの待ち合わせの喫茶店に。
入れ替わりに入って来たギャルたちが直江に気が付いたみたいで、後姿を見送りながらヒソヒソ話し出した。
直江の背中が見えなくなってからはオレや兵頭にも聞こえるような声音で笑いながら話した。
「アレってタチバナだよね?この前のテクノイベントでさ、友達が見たらしーよ」
「何を?」
「タチバナが男の子とキスしてたんだって。あれ絶対ホモだから」
それを聞いたオレは息が止まるほど驚いた。
そりゃあの時、見られてるけどいいやって思ってチューしたよ。でもまさかその話をここで聞くとは。
「……仰木……」
「黙れ……」
ギャルたちは店内のTシャツをゆっくり見ながら話を続けた。
「誰か写メ撮らなかったの?」
「さあ?でもそーゆー写真て週刊誌に売ろうとしても買ってくれないらしいよ」
「なんで〜?」
「人権問題とかで。芸能人とかで男女の場合は普通に恋愛じゃん。でも同性愛ってマイノリティーとかいうらしくてさあ、差別の対象になるから報道しないんだって。って、ゲイの子が言ってたよ〜」
「そーなんだ〜」
「人権保護団体がうるさいからマスコミも面倒なんじゃん?」
「だろうね」
……そーなのか。そーゆーわけでゲイのスクープってないのか。
けどネットとかで画像流されたらたまらないな〜。マスコミよりタチが悪い輩がいっぱいだもんな。
これからは気をつけよう。
って、待てよ!!
ここでこんな噂が聞けるってことは!もしかしてファッション業界じゃ有名な話になってないか?!
そしたら今度の直江の全裸仕事……違う意味でヤバくないか?!
あの裸体の男はゲイですって目で見られちゃうんじゃないか?!日本限定だとしても!
「お、おい、仰木。そんな動揺すんなってば」
「え?!いや、その」
「ここはいいからおまえ、縫製部屋行ってろ。そんな動揺してたら怪しまれるぞ」
「う、うん。わりぃ」
縫製部屋はこの店じゃひとりになれる唯一の落ち着いた場所だ。
もう直江は契約しちゃったわけだから、オレが考えてもどうしようもないけどマズいんじゃないのか?
帰ったらその話しなきゃ!!
待ち合わせの喫茶店ではその話はあえて避けたんだけど、オレの動揺がひどかったみたいで直江は何かあったのかと何度も聞いてきた。
だから家に帰ったら話すから待ってろっつって、早めにマンションに戻って全部話した。
「……やっぱり噂が立ってましたか……」
「あそこでチューしたのは後悔してないけどさ、今後の直江の仕事に関わってくるとなるとな〜」
「モデルにはゲイが多いですからそのへんは大丈夫ですけど、確かに『こいつはゲイだ』っていう目で見られるとちょっと別方面で警戒しなきゃいけなくなりますねぇ」
「別方面?」
「ゲイの皆さんのお誘いなんかがあったら……」
げげ!それは困る!女から誘われるよりも困る!
オレの直江がガタイのいい男にやられちゃったりしたらどうしよう!!
だって直江って外国人モデルから見たら少し背も低くて小さめなわけだし、よく見ると男のくせに美人だし、セクシーなお尻してるし、エロそうな匂いがプンプンしてるし!
これはオレの贔屓目なんかじゃないぞ!事実を述べてるまでだ!
「まあ私は高耶さん一筋なんで絶対にそんな誘いには乗りませんけどね」
「絶対そうしてくれ!他の男にやられるぐらいだったらオレがやってやるから!」
「は、話がおかしな方向に行ってませんか?ちょっと何考えてるんですか」
「だって〜」
「落ち着いてください。私が言いたかったのはそういう関係になるのは高耶さんとだけで、他の男なんかまっぴらゴメンどころか触れられるのだって嫌ですよ」
だよな〜。よく考えたら直江は元々は女好きで、男はオレしか好きになったことないんだもんな。
ちょっと安心♪
「それはそれとして……たぶんこの先もゲイだって噂はそのままだと思います。私はそれでもかまいません。高耶さんを愛してるからってゲイだって決め付けられるのは少し誤解がありますが。高耶さんは?」
「……オレは……親しい人に直江との関係を認めてもらって、同居や仕事がうまくいくならそれでいいんだ。世の中みんなに知ってもらうつもりはない。これはやっぱ家族とかな、そういう人たちに迷惑かからないように」
「高耶さんがそういう考えならそれでいいですよ。もう一個、私があなたしか愛さないことをあなたが知っていればそれで満足です」
「……うん!」
とりあえずタチバナゲイ疑惑はどうしようもないってことで解決(?)だ。
だけどこれからオレと直江はこの問題をじっくり解決していかなきゃならない。それは愛の力でどうにかしていくけど、ちょっと困難かもしれないな。
ツヅク
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