本格的に直江の肉体改造が始まった。
ジムは専属のトレーナーについてもらってクライアントの希望通りに全身の筋肉を鍛えて引き締める。
今までの肉厚なタチバナじゃダメらしい。メリハリが超ついてる体にするんだって。
これでいくと体脂肪は3%ぐらいになっちまうけど、かっこよくなるんだったらそれでもいいってことで。
肌は週に2回のエステ。パリが本拠地のエステサロンがあるからそこに通うように言われてるそうだ。
なんたってクライアントはフランスの企業なわけだから。
痩身マッサージとかスチームだとか毛抜きだとかいろんなことしなきゃいけないとか。面倒なもんだな。
日焼けも少しして欲しいって言われたらしいが、それは事務所で断ったんだと。
だって直江は日焼けすると赤くなって痛いみたいだし。さすがに日焼けは病気になる可能性があるから無理は言われなかった。うまくコンピュータ処理してもらうことになった。
「撮影ってやっぱりどこも隠さないでやるわけ?」
「ええ、基本ですから。役者ではありませんからね、前貼りなんかしませんよ。痛いし」
「痛いの?」
「粘着がついている布を貼るんだそうですよ。剥がす時にメチャクチャ痛いんですって」
毛だけならちょっと抜けるぐらいで済むかもしれないけど、じかに貼るわけだからもちろん大事な部分にも影響するかもな。
そしたらオレと直江のムフフな夜がしばらくお預けになっちまうのか。
貼らなくて良かった……って言っていいのかな?
「どこで撮影すんの?」
「たぶんパリで。3日ぐらいで帰って来れると思いますけどね」
「そっか〜。またパリ行けるんだ〜。いいな〜」
「……高耶さんの休みと合いそうだったら一緒に行きますか?」
……なんて?
「2ヵ月後ですから……12月でしょう?冬休みの期間だったら大丈夫ですよね?ヨーロッパですからクリスマスはみんな休みで、クリスマス明けから仕事に入ると思うんです。もしその期間に行けたら一緒に行きましょう。高耶さんの旅費は私が出します」
「でも仕事に恋人なんか連れてっていいのか?」
「日本とは違うんですよ。恋人歓迎です。ホテルも同じ部屋でとってもらえますし、撮影も見学できます。少し長めに滞在して観光も出来たらいいですね。まあこれは事務所のスケジュールを聞かないとわかりませんが」
直江とパリ……。
1年半前の春休みに一緒に行こうって直江が言って、オレは実家に帰る予定を入れちゃってて行けなかったパリ。
男同士で手繋いでもチューしても変な目で見られないパリ。
「……休み、合ったら行く!!」
「じゃあ綾子に話しておきますから、もし高耶さんの冬休みに撮影が入ってたらクライアントに恋人を連れて行くってことを通してもらいましょう」
「やったー!!」
そうなればいいな!いや、そうなる気がする!
直江に金出させるのはちょーっぴり気が引けるけど、そんなものは出世払いで返せばいいんだ!
もし学校があっても休んででも行きたい!
「行けたら少しでいいから観光もしたい!」
「ええ、案内しますよ」
「たくさん行きたいとこあるけど絞っておくから!直江とパリなんて最高!」
「ずっと手を繋いで歩きましょう」
「うん!」
そのノリでずっとイチャイチャしながら、直江が持ってたパリのガイドブックを見て行きたいところをたくさん話した。
思ったよりも行きたいところはいっぱいで、どこに絞るのか迷ったけど、それは決まったらゆっくり決めようってことになって、本を閉じてチューしまくり。
ソファで直江が発情し始めたのもOKして、半分服を着残したまんまエッチして、エステでスベスベの直江の肌にスリスリしたり、前と少し違う形の筋肉をナデナデしたりしていい気分。
こうやって直江とイチャイチャベタベタしてたら不安なんか何もなくなる。
きっと全部うまくいく。
それだけオレと直江は深くて強い絆で結ばれてるんだから。
が、しかし。
急激な環境変化に直江の精神がついていかなくなった。
エステの他にも家でケアしろと言われてるらしくて1時間のマッサージ。
運動も思ったよりうまくいかなくて家の中でダンベルとか腹筋とかスクワット。
食事はオレが作ってるから残さないで食べてたんだけど、それでも体の作り方をもう少し考えなきゃいけなくなってご飯やパンなんかの炭水化物が禁止になった。メインが野菜であとは肉を少しと海藻類のみ。
これはオレも驚いて玄米でもダメなのか聞いてみたらダメだって。
だから酒ももちろんダメだ。
そしたら義務感ばっかりの生活にストレスを感じたのか、いつもイライラしてる。
オレは直江の顔色を伺って話を切り出したりしなきゃいけなくて、一緒にいてもちっとも楽しくない。
今も直江はバルコニーで夕日を見ながらタバコを吸ってる。
せっかくの休みだってのにどこにも出かけたくないって言うから、仕方なく部屋の中で過ごした。
外に出たら美味しいものを食べたくなるし、イライラしたままオレと出かけていきなりケンカになったりしたくないって言って。
心配したって放っておいたって直江は機嫌が悪いまま。
マッサージはかろうじてオレがしてやってるからいいけど、他の事はやっぱ耐えるの大変みたいだ。
どうにか頑張ってもらおうと思ってもそれを言ったら「頑張ってますよ!」って怒鳴られるかも。
これ以上に不機嫌な直江は何度もあったけど、今回は継続したままだからオレもちょっと辛い。
とりあえず紅茶でも淹れてやってブランデー落として味わってもらおうかな。
「……なおえ?」
「はい?」
返事に覇気がない。タバコぐらいじゃ気は紛れなかったか。
「紅茶、作ったから中に入れ。少しブランデー落としたんだけど、好きだよな?」
「あ、ありがとうございます」
直江の体は服の上からでも変化してるのがわかるほどだ。ボクサーみたいな引き締まり方してる。
でも本来の直江はもうちょっと肉付きがいいから痩せたように見えるんだよな。
実際の体重は80キロだけど、普段の直江にしてみたら70キロぐらいに痩せた感覚なのかも?
あの身長で70キロつったら相当痩せてる計算になるぞ。
リビングのソファに座るのだってなんだか投げやりみたいな感じでドサッと座る。
疲れてるのは体も精神も両方なんだろうな。
たまにはカロリーの高い美味しいものを作ってやりたいけど、それを一回でもやったらガマンできなくなるからって直江から絶対にしないようにきつく言われてる。
これもモデルの仕事の一部なのかと思うと、直江ってプロなんだなって改めて思う。
直江は高耶さんも学校に一生懸命だから同じだって言ってたけど、直江の方がよっぽど大変だよ。
「なんですか?そんなに人の顔をジロジロ見て」
「ジロジロじゃないよ。直江ってすごいな〜って思って見てたんだ」
「このぐらいはまだ甘い方らしいですけどね。女性のモデルなんて顔の形を気にして奥歯を抜く人までいますから。私のは食事も出来るし自由も多少はききますから楽な方じゃないですか?」
「でもさ〜……やっぱ大変だよ」
なんかよくわかんないけど、それが直江の地雷だったらしい。急に黙り込んだ。
そんで雰囲気でオレのことも拒絶してるんだってのがわかった。
「……夕飯の買い物してくる」
「……はい」
いくら仕事だからってこんな直江はイヤだな〜。
いつもの面白くてアホで優しい直江がいいな〜。
あと一ヶ月か。長いよな。
なんか直江が心配で、オレはそれから毎日マンションに泊まることにした。
ひとりにしておいたらどんなことになるかわかんないからな。
で、毎日直江は機嫌が悪いわけだけど、いつもと違った態度でいるとさらに機嫌が悪くなるからなるべく普段通りにしてた。
だから寝るのも同じベッドで。
このごろ直江は寝るのも早くなって、11時前には寝るようにしてた。腹が減るからだって言ってた。
自然にオレも同じぐらいの時間に寝ることになった。
「……高耶さん……」
「ん……?」
深夜、何時だかわからないけど寝てたところを起こされた。
「なんだ?」
「ごめんなさい」
「……どうした?」
「高耶さんにまで辛い思いをさせてるんだって、ずっとわかってたんですけど……言い出せなくて」
眠れなかったのかな?ずっと考え込んでたのか。バカは相変わらずだったんだな〜。
「そんなの気にすんな。イヤだって思ってたらとっくに直江なんか見捨ててる。だからいいから寝ろ」
「でも」
暗がりの中で気が付かなかったんだけど、声がちょっと震えてた。泣きたいんだろうな。
生活が変わると心細くなったり、イライラするのはオレも覚えがあるからわかる。松本から出た時こうだった。
「そばにいてやるから大丈夫だってば」
いつもは直江にされるんだけど、今回はオレが直江に腕枕をしてやった。
直江の頭を大事に胸にくっつけて、落ち着かせるためにゆっくりと髪を撫でる。
直江の髪の毛は茶色くて細くて柔らかそうに見えるけど、実はそんなに細くなくて、見た目よりもハリがある。
ちょっとクセ毛だからホワホワしてて胸に当たるとくすぐったい。
「あんまり神経質になるな。オレのことなんか気にしなくていいから」
「……はい……」
「いつも直江が好きだから大丈夫だ。直江のためなら苦労してやる。もしそれでもおまえがもう仕事ヤダって言うならそれでもいいし」
直江は小さく頭を振った。まだやる気ではいるんだな。すげーな。
「じゃあもうちょっとやってみよう。それでダメでもオレが直江を好きなのは変わらないし、そばにいるのも変わらないから。今日はさ、もう寝て、明日の朝になったら禁止されてるけど美味しいクロワッサン食べて、カフェオレ飲んで、ちょっとだけ落ち着いて、それからは直江の好きにしたらいいよ。ずっとそばにいるから」
背中に回された直江の腕がきつめに抱いてきた。こうされるの好きだな。
オレは直江に必要なんだって思える。
黙ってオレを抱く直江のおでこにチューしてやった。そしたら箍が外れたみたいでせり上がってきて唇にチューだ。
こういうチューも久しぶりかも。直江の気分がまったく乗らなくて最近はずっと軽くしてただけだから。
やっぱこいつは情熱的なチューの方が似合ってるな。
「あ」
パジャマのズボンを脱がそうとしてる。そりゃエッチはしちゃダメって言われてないけど、いいのかな?
って、いいんだろうな。
直江がしたいんだったらさせてやろう。それで落ち着けるならいいや。
オレだってしたくないわけじゃないしさ。
「なおえ……」
「……はい……」
「おまえ……お馬鹿さんだな」
「はい」
少し笑ったみたいな返事でオレは安心して、そのまま直江にされるがままに。
いつもより静かなエッチは直江がリラックスしてるんだってゆーのがわかって、もう本当に好きにさせた。
こいつ、本当はこんなに可愛いエッチするやつだったんだ。新しい発見だな。
それで翌朝、直江にクロワッサンとカフェオレとベーコンエッグとサラダを出してやったら、クロワッサンは高耶さんが食べてくださいって言って皿を押し付けられた。
「いいの?」
「ええ。もう大丈夫です。昨夜、あなたが抱いてくれたから」
「……マジで平気?またイライラすんじゃねえの?」
「もうしません。なんだか吹っ切れました。いつでもやめていいんだって思うと、案外楽になりますね」
やめてもいいわけじゃないとは思うけど。契約とかあるんだし。
だけど本当に大丈夫みたいだ。
「高耶さんのおかげです。いつでも私を思ってくれてる人がこんなにそばにいてくれるなら、何も失敗しないような気がしてきます。きっとあなたでなければダメでした。挫けてしまってますよ」
「……無理してない?」
「してません。また今日からやってみます。まだ時間はあるんだし、焦らずに。……それに多少クライアントの提示した体型じゃなくても、適当に誤魔化しますよ。意地でもお腹を引っ込めたままにしておくとかね。無理矢理力瘤作るとかね。契約違反にならない程度に」
……人間、吹っ切るとこの程度には適当になれるんだな。直江の性格上、それはないと思ってたんだけどオレに似てきたのかな?
「それにもうひとつ、遣り甲斐もできましたし」
「やりがい??」
「ええ。昨夜、高耶さんがいつもよりたくさん体を触ってましたから。筋肉の弾力とか形とか気に入ったんでしょう?」
「う」
そーなんだよな。だって直江の腕や腹筋のデコボコ加減とか、脚の力強さとか、お尻の弾力だとか、すげー気持ちよかったんだもん。
ついベタベタ触っちまった。直江が前よりもかっこよく見えたし。
精悍で野生的な感じ?今まではシェパードだったけど、昨夜はドーベルマンぽい感じつったらいいかな?
「高耶さんが気に入っているならこの体型を維持しますよ?」
「……気に入ったけどさ……でもそのままでいたらオレが作った料理、思いっきり食えないじゃんか。そんなの楽しくない。直江がオレの作った料理を美味そうに食ってるの見るのが好きなのにさ。あ〜、う〜ん、まあ……今の直江も……すっごく好きだけど……」
「……もっと言ってください」
「へ?」
「もっと好きって言ってください」
ニヤニヤ笑いながらテーブル越しに腕を伸ばして、オレのほっぺたについたジャムを指ですくってから舐めた。
自分の指を舐めてから、身を乗り出してオレのほっぺたも。
「もっと、言って?」
「……直江……愛してるよ……」
「ありがとう」
がんばってる直江だから、がんばれって言えないけど、オレはいつでも味方だからな。
一番応援してるつもりだ。
オレたちふたりでいれば何だってうまくいくんだ。
だからずっとそばにいてやる。直江が安心できるように、いっつもいてやるよ。
がんばれ。
END
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あとがき
ヌードの話はもう少し後に
続きます。たぶん。
たまには直江も仕事で
くじけないと人間らしくない。