同じ世界で一緒に歩こう 46 |
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ある夜、兄がマンションへ来た。特に用事ではなかったのだが、接待で近所に来たついでに寄ったらしい。 「そういや、去年の秋に発売された雑誌に出ていた『従兄弟』って誰なんだ?」 以前、雑誌の取材が我が家に来た。(同じ世界27『美しい場所』参照) それが今日また質問されたわけだ。 「彼女なんじゃないのか?まあ、おまえは女の出入りが激しいからな。今も付き合ってるとは思えないが」 いつか高耶さんのことを家族に話さなくてはいけないと思っている。 「あの土日が休みの彼女か?普通のOLか何かなんだろう?」 土日の仕事を極力減らしているのを家族にいつのまにか知られていた。いつも土日は家にいるようにしているのだから気が付いて当然なのだが。 「OLではありませんよ。学生です」 確かに変わったと思う。以前の私の生活に比べたら品行方正、性病の疑いもまったくなし、浮気のうの字も現在は出てこない。 「いい子なんだろう?」 どう言えばわかってくれるのだろうか。結婚は実質上はできない。だが気持ちは結婚するつもりでいる。 「兄さん、わかってもらいたいことがあるんですが」 そろそろ覚悟を決めなければいけないだろう。私自身のためにも、高耶さんのためにも。 「私が付き合っているのは、その……」 兄が無表情でその言葉の意味を考えているのがわかった。まさか、まさか、と。 「おまえ……!」 兄は汚いものでも見るように私を見た。当然だろう。ノーマルな男性のほとんどはゲイに理解を示さないというのは何度も見てきた。 「モデルにゲイが多いのはわかってはいたんだが……まさかおまえがそうなるなんて……」 たぶんこの説得はあまり効果がないだろう。兄は昔気質の性格で、いい意味で尊大で男らしい。 「先に言っておきますが、別れるつもりは微塵もありません。一生を添い遂げるとお互いに誓い合ってます。もし家の名前に傷が付くと思っているのなら勘当してもかまいませんよ。覚悟は出来ています」 冷めたコーヒーを一口啜って、兄は落ち着きを取り戻そうとしていた。 「……おまえの性格は良く知ってる。こうと決めたら絶対に曲げないヤツだからな。だが俺だってな、突然そんな話をされたって理解できるわけがない。そうだろう?俺はおまえを可愛がってきたんだ。弟を可愛いと思うのは当然だろう。その弟がゲイだって?嫁も貰わずに、一生を男と添い遂げるだって?幸せになれるわけがないだろう」 兄の気持ちは痛いほどによくわかる。しかしそれ以上に痛いのは私の高耶さんと幸せになれないと言われたことだった。 「じゃあ女性と結婚すれば必ず幸せになれるんですか?保証はあるんですか?私の幸せが何かは私が決めます。それに彼といられないなら、幸せなんか捨てたってかまわない。兄さんが心配してくれるのはとても有難いと思っています。だけど、それ以上に、家族を裏切ってでも私は彼といたいんです」 静かな声で話が続く。私の声と似ていると定評のある兄の声。小さい頃、憧れだった兄の低い声と、今の私の兄そっくりの声で続く。 「それでも別れろと言うのなら、死にます」 最後通牒を叩き付けた。もしも家族が高耶さんと別れろ、さもないとどんな手を使ってでも別れさせると言うのなら、私は高耶さんを愛したまま死んでやる。 「卑怯だな……」 言うべきことは言った。もしそれでも兄が反対するのなら、私は直江の名を捨てる。 「理解はできん。だがおまえの気持ちはよくわかった。……しかし」 しばらく黙り込んだ兄は辛そうな顔を向けてこう言った。 「まだ家族には言うな。きっと誰一人として賛成しないだろうからな。いいな?」 もしかしたら二度と家族には会えないかもしれない。それでも、どうしても、高耶さんを手離すわけにはいかない。
翌日、大事な話があるからと言って高耶さんをマンションに呼び出した。 「え……?」 兄に付き合っているとカミングアウトした経緯を話し、自分の気持ちも正直に全部話した。 「だけど、そんなの」 いつになく強い私の口調に高耶さんもたじろいでいた。 「いつになるかわかりませんが、必ずあなたを認めさせます。認めないのであればその時はもう家族との縁を切ります」 たぶん、私は間違っている。高耶さんが望むことを、放棄すると宣言しているようなものだから。 「……わかってるけど……オレだって直江と別れるつもりなんかちっともないけど、だけどさ、直江の家族なんだろ?だったらオレにとっても大事な人たちなんだよ。ちゃんと理解してもらう努力をすべきだろ?」 もっと彼を愛したいと、私は純粋に思った。 その日の夜は高耶さんは私のマンションに泊まり、しばらく話し合い、結論としては諦めずに理解を得る努力を毎日でもしよう、ということになった。
それから数日間、高耶さんは不安を持て余すのか、いつもマンションにいた。 「オレ、お兄さんに会った方がいいのかな?」 高耶さんの言い分はわかる。 「会う前に予備知識を入れておきたいんです」 兄が勝手に高耶さんを悪者にするかもしれない。大いに有り得る。 「また後日、兄に会ってきます。ちゃんと、あなたとの出会いから話して、高耶さんという人がどんな性格でどんな夢を持っていて、どれほど優しいか、話してきますから」 ソファで寄り添って座っていた高耶さんの手が、私のシャツを強く掴んだ。 「自信がないんだ」 そっとシャツから手を外し、両手で彼の白んだ手を握った。とても冷たい。緊張しているのだろうか。 「違いますよ。私は私の主観であなたを見ています。もちろんそれは兄には通用しないでしょうね。だけど高耶さん。最終的には本人同士のことなんです。私があなたを選んだ。あなたは私を選んだ。最後に残るのはそれだけです」 不安そうに震える唇にキスをした。両手を温めるようにして握ったまま。 「大丈夫。私があなたを守ります」 言いたいことがあるんだと目が訴えている。しかしそれを言えば私が怒り出すのをわかっている顔だ。 だったら、私が取る行動はただひとつだ。 「愛してます。この手は絶対に私のものです。他の誰にも渡さない。そして私の手はあなたのものだから絶対に離さないでください」 いつのまにこんなに強くなったのだろう。甘えているだけの高耶さんではなくなった。
ツヅク
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重い話だ。 |
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