同じ世界で一緒に歩こう

46

一歩前へ
その2

 
         
   

後日。
呼び出されていた兄の家へと向かう途中、姉に会った。

「どうしたんですか……?」
「あら、私がいたら迷惑って顔してるわね。兄さんから呼び出されたのよ。あんたと同じくね」

姉が来ることなど兄は言っていなかった。急にどうしたのだろう。
まず初めに姉に私と高耶さんのことを話すつもりなのだろうか。

姉と肩を並べて兄の家に入り、居間に通される。兄らしい日本家屋の新築の家はまだ木の香りがしている。

「メシでも食いながらと思ったんだけどな、先に冴子からおまえに話があるそうだから」
「姉さんが?」
「そうよ。ついこの間、兄さんから聞いたの。あなたが付き合ってるのが男の子だってことを」
「……そうでしたか……」

今回は兄に味方が出来たということになるな。この姉だったら兄の優秀なブレーンになるだろう。
覚悟してかからないと潰されるかもしれない。

「実はね、私は知ってたの」
「え?!」
「冴子?!」

知っていた、とは?

「前に娘たちをあなたに預けたでしょ?あの時に娘が言ったのよ。叔父さんがお兄ちゃんとチューしてたって」

見られていたのか。小さい子だからと言って甘く見てはいけないな。

「あの子達が懐くのならあなたの付き合っている相手は悪い子じゃないわね。高耶くんて名前だったわね?娘たちを大事に扱ってくれたのを知ってるから、私は反対できないわ。私も気に入ったしね。あの子だったら大丈夫な気がするのよ。だから兄さん、私は今回、兄さんの味方はできません」

まさか姉がこちらの味方になってくれるとは思っていなかった。
いつも怖い姉だと思っていたのだが、こういうはっきりと自分の意見を主張できるところは常に尊敬できる。
そして態度には表さないが、いつも私の味方をしてくれるのも姉だった。

「兄さんは知らないでしょうけど、高耶くんは優しい子なのよ。こんなバカな弟を庇おうとして必死だし、弟の悪口を言ってる私の話もちゃんと聞くしね。それだけで決められないのはわかってるわ。だけど娘が高耶くんと一緒に過ごした2日間がとっても楽しかったらしくて、また遊んでもらいたいっていつも言うの。手を繋いで買い物をしたり、お風呂で遊んでもらったり、一緒にメリーゴーランドに乗った時は落ちないようにずっと体を支えてくれてたって楽しそうに言うのよ。子供には子供の視線に合わせてあげるってことを良く知ってるから友達として接してくれたんだってすぐにわかったわ。そんな子と付き合ってるのに反対する理由があるわけないじゃないの。そうでしょう?兄さん」

正直言って驚いた。まさか姉がそこまで高耶さんを観察していて、姪っ子がそこまで高耶さんを気に入っていたとは思わなかった。
それに何より、姉が全面的に私の味方をしているのにも驚いた。

「いい子だからと言っても、男なんだぞ?」
「だから何よ」

当事者の私を無視したまま兄と姉の口論が続く。
最後に姉が「差別だわ」と言ったとたん、兄が黙り込んだ。

「いつも他人を差別するなって私たちに教えてきたのは両親と兄さんだったわ。その兄さんが弟を差別するわけ?付き合ってる相手が男だってだけで?じゃあ考えてみてちょうだい。もしも兄さんが愛した人が男だったとして、それだけで反対される気持ちを。その相手の気持ちは汲んでやらないの?兄さん!」

つらそうに兄が目を閉じた。姉はずっと兄を睨みつけている。

「……兄さん、姉さん。もうやめてください。あなたたちがケンカをすることではないんですから」
「黙りなさい」
「姉さん……感謝しています。高耶さんを理解してくれてありがとうございます……あとは私が話しますから」
「あんたの最初で最後の大事な人なんでしょう?絶対に守りなさいよ」
「はい」

姉は知っているのだろう。大事にされることがどれほど重要なことかを。高耶さんの立場で物を考えられるのはこの場では姉だけなのだから。
そしていつも私をこき使っていたぶん、大事にしてくれていたのも姉なのだ。

「好きになったら男も女も関係ないのよ。あんたが愛した子は、あんたにとっては世界で唯一なんだから」
「わかってますよ」

気が強いくせに涙もろい姉は、ハンカチに涙を染み込ませてその先の私と兄の会話を聞いていた。

「冴子から反対されればおまえも目が覚めるだろうと思っていたんだがな」
「まさか。高耶さんは私の夢の住人ではありません。現実の、私の恋人なんですから一生目覚めたまま愛していきますよ」
「……会わせてもらえるか?」
「ええ、いいですよ」

姉がここまで高耶さんのことを印象深く話してくれたおかげで、私が説明する必要はなくなった。
今度は兄が高耶さんを認める番だ。

「ひとつ条件があります」
「なんだ?」
「まっさらな状態で高耶さんに会ってください。偏見も差別もないままで」
「……わかった」

それで話は終わりだ。
義姉の夕飯をご馳走になって(料理は高耶さんの方がうまかった)姉と一緒にタクシーに乗って帰った。

「あんたの家に、今いるの?」
「ええ……兄にカミングアウトした翌日からずっといます。たぶん不安なんでしょうね」
「私もね、夫の家族に気に入られるか不安だった時期があったのよ。高耶くんの場合は私よりもずっと大きな不安を抱えてるんだと思うの。男同士っていうのもそうだけど、あんたは有名なモデルで、年齢差があって、私や兄さんみたいな頑固者が兄弟にいるんですもんね。不安なんて言葉で片付けられないほど大変なんじゃないかしら」
「ええ……」
「それを守るのがあんたの役目なの。ちゃんと自覚してる?」
「してますよ」

マンションの前で姉と別れた。姉はそのままタクシーで帰って行った。
私の部屋の明かりがついている。あの部屋の中で高耶さんが不安で震えているのなら、それを止めてやれるのは私だけだ。
努力しよう。当たり前のように努力をしよう。高耶さんを幸せにするために。

 

 

「おかえり。どうだった?」
「まあまあってところですね。詳しくは着替えてから話します」
「うん」

キスをして抱きしめた。いつもしていることだったが、今日は心の底から感謝と愛を込めてキスと抱擁をした。
私は強くなったと思う。
そして人間らしくなったと思う。
優しくなったと思う。
すべて高耶さんがそばで教えてくれたことだ。だからもう離せない。

「どうしたんだ?」

いつもよりも長くて力強いキスに高耶さんが驚いていた。

「感謝をしてるんです」
「感謝?」
「ええ。あなたに出会えるように出来ていた、この世界に感謝してるんです。あなたに心から愛していると言えるこの必然にも」
「……うん」

着替えている間に高耶さんが用意してくれたのは濃い目の緑茶だった。
落ち着くだろうから、と言っていた。

「お兄さん、なんだって?」
「高耶さんに会わせて欲しいって」

想像していた通り、ビクッと震えた。
考えてはいたのだろうが、実際に会う話が出れば拒否反応も出るだろう。

「姉も来てたんです」
「お姉さんも?……あの、ちょっと怖い人だよな?」
「ええ。だけど姉は私たちの味方ですよ」

姉がどうして私たちの関係を知っていて、味方になってくれたのかを詳しく話した。
バレているという恥ずかしさよりも、味方になったそのいきさつや高耶さんの気持ちを考えてくれた姉に対して安心し、感謝をしているらしく、胸を押さえて大きな溜息を吐いた。

「兄と会う時は姉にも同席してもらうつもりです。人海戦術というわけではありませんが、できるだけこちらに有利にしておかないといつ足元を掬われるかわかりませんから」
「うん……」
「あなたはいつものあなたのままでいいんですよ」
「ん」

これを越えなければいけない山だとすると、私と高耶さんはまだ尾根を手を繋いで歩いているだけなのだろう。
もう少し高みに登ればそのぶん苦しくなる。険しくなる。
だけど登って行くしか道がないのなら、私は高耶さんを抱えてでも登りきってやる。

肩を抱いて引き寄せると、久しぶりに高耶さんから甘えてきてくれた。
この頃は不安ばかりが先行して常に考えこんでいた彼が、ようやく味方を得たことで安心したのかもしれない。

「学校の課題やっててもいろんなこと考えて手につかなかったりしてた」
「そうだったんですか……」
「全部放り出して逃げたくなったりしたし。だけど現実に逃げるつったって、そんなことできるわけないし。もし本当に逃げたとしたら直江とも別れなきゃいけないし。そんなの嫌だから逃げるわけにいかなくて、だけどものすごい不安で、こうやって直江がそばにいてもどうしていいかわかんなくて、困ってた」

不安というものは、他人に預けるわけにはいかないものだ。
すべて自己の中で抱えなければいけない。
高耶さんの不安は私にさえ分けられることはない。

「あなたの不安はあなたのもので、私にはどうしようもありません」
「そうなんだよな……」
「だから手伝います。あなたがいつも笑顔でいられるように」
「直江」
「はい?」
「おまえのそういうとこ、好きだよ」

ようやく笑顔が戻ってきた。
少し成長した高耶さんの笑顔は、とても美しかった。

 

 

ツヅク


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お姉さんサイコー!