同じ世界で一緒に歩こう

46

一歩前へ

その3

 
   

 


兄との対面の日、高耶さんはまず服装で悩んでいた。
普段着でかまわないと何度も言ったのに、スーツを出してきたりした。

「いいんですよ。いつもの格好で」
「でもさ〜」

対面は個室のある割烹を予約して行われる。
高耶さんの学校の予定や私のスケジュールなども考えて土曜の夜になった。

「やっぱスーツとかの方が印象良くない?」
「あなただったらスーツの方が見劣りしますから、どんな服装だって同じですよ」
「面倒くさいだけで言ってないか?」
「本当ですよ」

そうこうして問答していると姉がやってきた。

高耶さんは緊張もしているとは思うのだが、気合も入っているようだ。
先日のような暗さがないだけこちらも安心して見ていられる。

姉が玄関までやってきたのでドアを開けると、小声で高耶さんの様子を聞いてきた。

「大丈夫ですよ。あの人はいざという時には誰よりも強くなりますから」
「それなら兄さんに会っても平気ね?」
「ええ。どうぞ」

部屋に入ってもらい、高耶さんのいるリビングに通した。
高耶さんは立ち上がって姉を待っていた。

「こんばんは、お姉さん」

姉はまず高耶さんの立ち姿に見蕩れたらしい。
誰にも教えたくなかったが、これが高耶さんの一番の魅力だ。
心をまっすぐ、気持ちをまっすぐ、自分に自信があろうがなかろうが、信念を曲げないその立ち姿。

「あの、今日はよろしくお願いします」
「頑張りなさいよ」
「はい」

たぶん姉が気に入ったのはこういうところなのだろう。
一生懸命な高耶さんを見てすでに感慨深くなったのか、目頭を熱くさせ始めた。

「……姉さん……」
「嫌いだわ、こういうの。なんで反対されなきゃいけないのかわからない世の中なんて大嫌い」

高耶さんに見られたくないのか、姉は私の胸に縋って少しだけ泣いた。
それを見て驚いているのは高耶さんで、いつもコキ使っている弟に縋る姉、という姿が思いもよらなかったようだ。
しかし姉はこういう人で、昔から兄たちや両親よりも私に甘える方が多かった。コキ使っていたように見えても実際は甘えていたのだ。

「姉さんが泣かなくてもいいんですよ。私たちは大丈夫です」
「そうね……」

それでも泣き止まない姉を座らせていると、高耶さんが温かいお茶を淹れて出し、床に膝を着いて姉の目線に合わせて話し出した。

「あの、お姉さん。ありがとうございます。オレ、たぶんうまく話せないけど、お姉さんの気持ちは無駄にしないつもりです」
「ええ……」
「だから泣かないでください。がんばるから」
「……そう、よね」

こんなに優しい高耶さんなのだから、どうあっても彼を認めてもらうしかない。
難しいことだとしても、絶対に。

 

 

築地の割烹に3人で赴くと、和服の仲居さんに座敷に通された。ここは兄が商談でよく使う店だ。
すでに兄が待っているという。

「ひとりで来てますか?」
「ええ。お連れ様が3名様と伺っております」

今日は誰かが急に参加というわけではないらしい。
こちらが人数では圧倒していることに少しだけ安心して座敷の障子前に立った。

「覚悟、できてますね?」
「おう」
「何か困ったこと言われたら私たちがフォローするから大丈夫よ」
「はい」

高耶さんは大きく深呼吸をしてから、彼特有の強さを備えた目になった。
たぶん、これなら大丈夫だろう。
私は少しだけ口元を緩めて障子を開けた。

「失礼します」
「よう、来たか。入れ」
「はい」

まずは私から。次に高耶さん。最後に姉が入った。すでに料理が揃っているということは、もう誰もこの座敷には入ってこないということだろう。
兄らしい気の使い方だ。

とにかく座れと兄が言ったのだけれど、その前に高耶さんを紹介した。

「彼が、仰木高耶さんです」

高耶さんが唾を飲み込む音をさせてから、兄に自己紹介をした。

「仰木高耶です。よろしくお願いします」
「こちらが私の長兄で、照弘といいます」
「……座りなさい」

高耶さんを無視した言い方ではなく、どう対応していいものかわからないといった感じだ。
弟の恋人なだけなのだが、男だというのがそこまで困惑させるのか。

姉が最初に兄の隣りに座り、私たちを促した。兄の正面に高耶さんを座らせるのは厳しいと思ったのだが、高耶さんは自ら進んで正面に座った。
こういう時の彼の度胸の良さや、印象づける態度にはいつも感嘆させられる。

「回りくどい言い方はしないよ。君は本気で弟と付き合っているのか?」

こちらも顔色を伺いながら話すつもりはなかった。兄がなかなか言い出さなかったらこちらから話を切り出すつもりでいた。
このへんが兄弟の似たところなのかもしれない。

「はい。本気で付き合ってます」
「……それが間違っているとは、考えたことないのかい?」
「兄さん、なんてことを……」
「おまえは黙っていろ。私は高耶くんに聞いているんだ」

高耶さんを見ると、目で大丈夫だと伝えてきた。
どうやら私が思っていたよりも、高耶さんは強くなって、大人になっていたようだ。

「間違ってるかどうかは、今まで何度も考えました。何度考えても間違ってると思ったんです。でも、それは世間的にであって、自分が直江……さんを好きになったのは間違っていないって、思ってます」
「それは二人の間でのことだろう?他の人間はどうするんだ?君の家族や、私たちや、周りの人たちはどうなるんだ?」
「それもちゃんと考えました。やっぱりダメだって言われるだろうって。でも他人からダメって言われたら間違ってることになるんですか?そういう意味での間違いだってなら、オレは納得も出来ないし、別れることだってできません」

色々と今まで迷っていたのは私だって知っている。何度も何度も話し合ってここまで来たのだし。
それでも私たちは二人でいることを選んだ。多数の困難を乗り越える覚悟だって出来ている。

「君には将来もあるだろう?まだまだこれから先、出会いもあるんだ。その時にどうする?若い君はいいだろう。でも弟は?それにゲイだという噂が出てしまえば二人とも結婚に響くじゃないか」
「兄さん」
「おまえは黙ってなさい」
「いえ、これだけは言わせてもらいます。前にも言いましたよね。私は他の誰とも結婚するつもりはありません。私たちは一生添い遂げると決めたんです。将来どうなるか、と言われても、もう決めたんですよ。私の将来は高耶さんなしでは成り立ちません」
「……君は?こいつと同じ意見なのか?」
「はい」

まだ21歳の高耶さん。たぶん出会いは絶対にあるんだろう。それを私という存在で潰すのかもしれない。
だが彼はそれでいいのだと言った。直江と一緒にいたいのだと言った。

「年齢差はどうするんだ。先に死ぬ可能性は弟の方が高い。子供ができないのであれば、介護をするのは君だけになる。それに耐えることはできるか?男同士で番うというのは、こういった現実的なことまで普通には考えられないんだよ。その時になって後悔するのは……」
「後悔しません!そんなことばっかり考えた時期だってあるけど、考えたってしょうがないことだってたくさんあって!先のことばっかり見てたら大事なもの見失うってのももう知ってるし!自分がやったこと全部、オレはオレの責任なんだって受け止めなきゃいけないってのもわかってるし!だから後悔なんかしません!」

立派だ。すっかり大人になって。
もう少し落ち着いて話せるようになれば完璧なのだが、きっとそれは彼の気性で、一生覆ることはないだろう。
それだけ真っ直ぐに生きている証拠なのだから、このままでいて欲しい。

「……私もですよ、兄さん。自分の責任は自分で取ります。だけど、それが出来ない時もある。その時に一緒に悩んだり、考えたりしてくれるのが高耶さんなのだと、信じています。兄さんにもそんな相手がいるでしょう?兄さんはその相手と結婚している。私は結婚はしないけれど、そばにいてもらう。それと同じことです」

兄はそれきり黙ってしまった。どう論破すべきか考えているのだろうか。
それとも少しは理解してくれたのだろうか。

「ねえ、兄さん。確かに将来は大事だと思うのよ。でもその将来に寄り添い合える相手を見つけるのは簡単じゃないでしょう?兄さんだって私だって苦労してみつけた相手と結婚まで漕ぎつけるのに時間も手間もかかってる。それをこの子たちが今、経験してるところなのよ。今を見失ったらせっかく出会った相手ともダメになっちゃうの。そんな人は二度と出てこないのよ。だけど見失わないように、こうして兄さんと話してる。それほど大事な伴侶なんじゃないかしら。なのに常識とは違うからダメだなんて、誰だって簡単に言っていいとは思えないわ」

姉にまで真剣に言われた兄は誰とも目を合わせずに、目の前の日本酒をグイと煽った。
乱暴に盃を置くと、姉を見て、高耶さんを見て、私を見て、こう言った。

「バカだバカだとは思っていたが、ここまでバカだとは思わなかった。おまえは何をするにもことごとく家族を裏切って、困らせて。でかい企業に内定決まってたのにモデル続けるとか、相談もなく勝手に海外で生活始めるとか、何をやるにしてもいつもこうだ」
「すいません、性分なんです」
「また俺が親父たちを説得するのか」
「……兄さん!」

高耶さんも姉も、何が起きたのかサッパリわからずにポカンとしていた。
兄はまだ苦々しい顔をしたまま、盃に酒を注いでいる。
やはり私は兄からも姉からも甘やかされて生きていくらしい。終いには高耶さんからも甘やかされるのだろう。

「どういうこと?ねえ、兄さん」
「どういうもこういうも、ここまでおまえたちに責められたら立場なんかないだろう」
「じゃあ賛成してくれたの?!」
「…………仕方なくだ」

ものすごい勢いで高耶さんが私を振り向いた。首が折れんばかりに。

「だそうですよ」
「……マジで?」
「ええ、マジで」

それから兄に向かって大きく頭を下げた。土下座同然に。

「ありがとうございます!!」
「弟が君と引き裂かれたら死ぬとまで言った時点で諦めてはいた。そんなに大事な相手だったら悪い子ではないと思ってはいたが、会ってみないことにはわからないだろう。だから今日は君たちの覚悟のほどを知りたかっただけで、本気で反対するつもりはなかったんだ。だた、仕方なく、だが」

照れ隠しに「仕方なく」と言っているだけだろう。昔からそうだった。
私がモデルを続ける時だって、兄は反対の姿勢をとってはいたものの、実は影で色々と動いていたのを知っている。
それが発覚した時になぜかと聞いたら「仕方なくだ」と言っていた。
いつもいつも、そうして私を尊重してくれる兄がとても好きだ。

「話が終わったところでメシを食おう。腹が減ってたまらん。酒も追加だ」
「そうね。食べましょう」

高耶さんのグラスに姉がぬるくなってしまったビールを注いで、私のグラスに兄が注いで。
何も言わずに乾杯した。
きっとこれが兄と姉の優しさと意地なのだ。

「ありがとうございます、兄さん」
「だから仕方なくだ」
「それでも」
「……ああ」

その夜、兄は久しぶりに酔いつぶれ、高耶さんもそれに付き合って酔いつぶれ……。
店の前にタクシーを2台呼んで姉が兄を、私が高耶さんを乗せて帰宅した。

 

 

 

「なおえ、なおえ〜。水〜。水持ってこ〜い」
「はいはい」

冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを出して、グラスに注いでから渡すと一気に飲んだ。
ワイシャツの襟を緩めてだらしなく床に横たわる彼は、なんだか兄が酔っ払った時に似ている。

「良かったなあ、なおえ……」
「ええ、一安心ですね。兄が味方になってくれるなら、もう両親も陥落したも同然ですよ」
「ふ〜ん」
「愛してますよ。ずっとあなただけを」
「……うん」

私も床に座り込んでキスをした。酔っ払いの高耶さんは笑っている。
とても幸せそうに。

「今日の高耶さんはかっこよかったですよ」
「当たり前だ。オレはいつでもかっこいいの」
「惚れ直しました」
「よろしい」

機嫌よく笑う彼をいつまでも見ていたいと思う。死が私たちを分かつまで。
でも今は。

「風邪引きますからベッドに入って寝てください」
「連れてけ」
「はい」

今は布団に入って温かくして寝てもらおう。
今夜はきっといい夢が見られますね。

 

 

 

END



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あとがき

しまった!
直江はダイエット中だったのに
酒飲ませちゃった!
ま、いいや〜。