同じ世界で一緒に歩こう 46 |
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「いいんですよ。いつもの格好で」 対面は個室のある割烹を予約して行われる。 「やっぱスーツとかの方が印象良くない?」 そうこうして問答していると姉がやってきた。 高耶さんは緊張もしているとは思うのだが、気合も入っているようだ。 姉が玄関までやってきたのでドアを開けると、小声で高耶さんの様子を聞いてきた。 「大丈夫ですよ。あの人はいざという時には誰よりも強くなりますから」 部屋に入ってもらい、高耶さんのいるリビングに通した。 「こんばんは、お姉さん」 姉はまず高耶さんの立ち姿に見蕩れたらしい。 「あの、今日はよろしくお願いします」 たぶん姉が気に入ったのはこういうところなのだろう。 「……姉さん……」 高耶さんに見られたくないのか、姉は私の胸に縋って少しだけ泣いた。 「姉さんが泣かなくてもいいんですよ。私たちは大丈夫です」 それでも泣き止まない姉を座らせていると、高耶さんが温かいお茶を淹れて出し、床に膝を着いて姉の目線に合わせて話し出した。 「あの、お姉さん。ありがとうございます。オレ、たぶんうまく話せないけど、お姉さんの気持ちは無駄にしないつもりです」 こんなに優しい高耶さんなのだから、どうあっても彼を認めてもらうしかない。
築地の割烹に3人で赴くと、和服の仲居さんに座敷に通された。ここは兄が商談でよく使う店だ。 「ひとりで来てますか?」 今日は誰かが急に参加というわけではないらしい。 「覚悟、できてますね?」 高耶さんは大きく深呼吸をしてから、彼特有の強さを備えた目になった。 「失礼します」 まずは私から。次に高耶さん。最後に姉が入った。すでに料理が揃っているということは、もう誰もこの座敷には入ってこないということだろう。 とにかく座れと兄が言ったのだけれど、その前に高耶さんを紹介した。 「彼が、仰木高耶さんです」 高耶さんが唾を飲み込む音をさせてから、兄に自己紹介をした。 「仰木高耶です。よろしくお願いします」 高耶さんを無視した言い方ではなく、どう対応していいものかわからないといった感じだ。 姉が最初に兄の隣りに座り、私たちを促した。兄の正面に高耶さんを座らせるのは厳しいと思ったのだが、高耶さんは自ら進んで正面に座った。 「回りくどい言い方はしないよ。君は本気で弟と付き合っているのか?」 こちらも顔色を伺いながら話すつもりはなかった。兄がなかなか言い出さなかったらこちらから話を切り出すつもりでいた。 「はい。本気で付き合ってます」 高耶さんを見ると、目で大丈夫だと伝えてきた。 「間違ってるかどうかは、今まで何度も考えました。何度考えても間違ってると思ったんです。でも、それは世間的にであって、自分が直江……さんを好きになったのは間違っていないって、思ってます」 色々と今まで迷っていたのは私だって知っている。何度も何度も話し合ってここまで来たのだし。 「君には将来もあるだろう?まだまだこれから先、出会いもあるんだ。その時にどうする?若い君はいいだろう。でも弟は?それにゲイだという噂が出てしまえば二人とも結婚に響くじゃないか」 まだ21歳の高耶さん。たぶん出会いは絶対にあるんだろう。それを私という存在で潰すのかもしれない。 「年齢差はどうするんだ。先に死ぬ可能性は弟の方が高い。子供ができないのであれば、介護をするのは君だけになる。それに耐えることはできるか?男同士で番うというのは、こういった現実的なことまで普通には考えられないんだよ。その時になって後悔するのは……」 立派だ。すっかり大人になって。 「……私もですよ、兄さん。自分の責任は自分で取ります。だけど、それが出来ない時もある。その時に一緒に悩んだり、考えたりしてくれるのが高耶さんなのだと、信じています。兄さんにもそんな相手がいるでしょう?兄さんはその相手と結婚している。私は結婚はしないけれど、そばにいてもらう。それと同じことです」 兄はそれきり黙ってしまった。どう論破すべきか考えているのだろうか。 「ねえ、兄さん。確かに将来は大事だと思うのよ。でもその将来に寄り添い合える相手を見つけるのは簡単じゃないでしょう?兄さんだって私だって苦労してみつけた相手と結婚まで漕ぎつけるのに時間も手間もかかってる。それをこの子たちが今、経験してるところなのよ。今を見失ったらせっかく出会った相手ともダメになっちゃうの。そんな人は二度と出てこないのよ。だけど見失わないように、こうして兄さんと話してる。それほど大事な伴侶なんじゃないかしら。なのに常識とは違うからダメだなんて、誰だって簡単に言っていいとは思えないわ」 姉にまで真剣に言われた兄は誰とも目を合わせずに、目の前の日本酒をグイと煽った。 「バカだバカだとは思っていたが、ここまでバカだとは思わなかった。おまえは何をするにもことごとく家族を裏切って、困らせて。でかい企業に内定決まってたのにモデル続けるとか、相談もなく勝手に海外で生活始めるとか、何をやるにしてもいつもこうだ」 高耶さんも姉も、何が起きたのかサッパリわからずにポカンとしていた。 「どういうこと?ねえ、兄さん」 ものすごい勢いで高耶さんが私を振り向いた。首が折れんばかりに。 「だそうですよ」 それから兄に向かって大きく頭を下げた。土下座同然に。 「ありがとうございます!!」 照れ隠しに「仕方なく」と言っているだけだろう。昔からそうだった。 「話が終わったところでメシを食おう。腹が減ってたまらん。酒も追加だ」 高耶さんのグラスに姉がぬるくなってしまったビールを注いで、私のグラスに兄が注いで。 「ありがとうございます、兄さん」 その夜、兄は久しぶりに酔いつぶれ、高耶さんもそれに付き合って酔いつぶれ……。
「なおえ、なおえ〜。水〜。水持ってこ〜い」 冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを出して、グラスに注いでから渡すと一気に飲んだ。 「良かったなあ、なおえ……」 私も床に座り込んでキスをした。酔っ払いの高耶さんは笑っている。 「今日の高耶さんはかっこよかったですよ」 機嫌よく笑う彼をいつまでも見ていたいと思う。死が私たちを分かつまで。 「風邪引きますからベッドに入って寝てください」 今は布団に入って温かくして寝てもらおう。
END
あとがき しまった!
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