同じ世界で一緒に歩こう

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高耶さんが「寒くなってきたから鍋でもしよう」と言うので、今日私はウッキウキで帰宅した。
冬場の鍋は恋人たちの心を暖め、そして近づける。なんて素敵な料理なのだろうか。

水炊きもいいし土手鍋もいいししゃぶしゃぶもいいし。
そんなふうに考え込んでいる高耶さんがとても可愛らしかったから、某女流俳人の真似をして今日は鍋記念日にでもしようかと思っていた。

高耶さんに頼まれていた柚子醤油ポン酢とゴマダレをピーコックで買って、きっと水炊きだなあ、牡蠣を入れてくれているだろうなあ、高耶さんの鶏団子は絶品だから楽しみだなあ、とか思いながら玄関のドアを開けたら。

「おかえり〜!」
「……ただいま」

高耶さんは抱きついてキスしてきた。いつもの習慣なのだが、玄関の様相が違う。
どこが違うのかと言うと、靴がアホのように多かった。

『なおえ、ふーふーしてやるから待ってろ。ほら、あーんして。熱いから気をつけろよ?』

なんてことを考えていた私は絶望の淵に立たされた気分だった。
靴は数えて少なくとも4人ぶん。
ひとつは愛しくて可愛らしくて色っぽい大好きな高耶さんのデッドストックの黒革のジャックパーセル。
そしてもうひとつは別に毎日顔を見ているので今更見たくもない人間のファーがついた上品なブランド物のハイヒール。
それから私の一番の強力なライバルかもしれない人物のお行儀の良さそうでお値段の高そうなパトリックのメッシュスニーカー。
最後に最近では穿いている人を滅多に見かけないせいで頭にこびりついているどうでもいい奴の顔を思い出すレッドウィングの茶色いアイリッシュセッター。
どれも一度は見ている靴ばかり。

高耶さん。
綾子。
譲さん。
長秀だ。

「……ふたりきりで鍋するんじゃなかったんですか……?」
「あー……その、譲に夕飯食べに行こうって誘われて、んで、うっかり直江と鍋だって言って断ったら千秋に教えたらしくて……そしたらねーさんも面白がって……みんなで押しかけてきた……」
「……なんてこと……」

『ああもう直江ったらそんなに急いで食べたらヤケドするのに……バカだな。早く治るおまじないにチューしてやる』

とかそんなことを考えていたのに。

鍋で熱くなった体から、一枚ずつ衣服を脱ぎ捨てていく高耶さん。首筋に汗が光って色っぽくて……。
そんなことを考えていたのに!!

「けど鍋は大勢でやった方がいいだろ?だからさ、機嫌直して一緒に楽しく食おう?」
「……私はふたりきりが良かったんです……」
「えーと……ごめん、今日だけガマンしろ。また鍋する時は二人っきりでやればいいじゃん?な?次回こそ直江と二人でやるからさ」
「……わかりました……今日はガマンします……」

靴を脱いで入るとキッチンに大量の野菜や鶏団子のタネが置いてあった。牡蠣も山のように積まれている。
そして更に私の家にはなかった銘柄の日本酒が一升瓶で3本。

「これ、どうしたんです?」
「ああ、日本酒な。みんなが持ち寄ってくれたんだ」

と、いうことは。
全員今日は飲んだくれるつもりなのだろうか。酒豪が二人いるのだから当然と言えば当然だが。

「とりあえず着替えて来いよ。もうみんな和室で準備してるから」
「はい……」

障子が閉まっている和室では、すでに3人が笑いながら話している。
綾子がコンロのガスホースを繋いでいるらしく、やり方がわからないなどと言い、それを長秀が手伝い、譲さんが土鍋をコンロに乗せてまだガスが繋がらないのかと聞いている様子だった。

もう仕方がない。諦めよう。今日はこの3人を泊める覚悟でいなければ。

着替えてからキッチンへ行くと高耶さんと譲さんで食器の準備をしていた。

「直江さん、お邪魔してます」
「こんばんは。日本酒ありがとうございます。今日はゆっくりしていってくださいね」

言っておくがこれは嘘だ!

「すいません、押しかけちゃって」
「いいんですよ。あ、手伝いましょうか?」
「じゃあこれを和室に」

営業スマイルで手渡された野菜の皿を持って和室に入ると、ガスを繋いで火をかけた長秀と綾子がだし汁の煮立ち具合を見ながらビールを飲んでいた。

「おう、邪魔してるぜ、直江」
「おかえり〜。今日は仕事どうだった?」
「普通だ」

なぜ同じ事務所なのにこいつらはこんなに早くに私のマンションにいるのだ。家主よりも先に来ているとは。
それもこれも年末に全裸でやる仕事のせいなのだが。
今日はジムで4時間のプログラムをこなしてから雑誌の撮影に行き、その帰りにエステサロンへ寄った。
長秀は午後に一件ショーをこなしてきただけらしい。綾子はその付き添いだ。

「直江は相変わらず食事制限してるのか?」
「ああ、炭水化物と糖質の制限があるな」
「じゃあ禁酒?」
「……当然だろう」

週に一度だけ飲んでもいい日を決めたのだが、それは高耶さんと二人きりのディナーで使うことにしている。
こんな奴等のために酒など飲んでたまるか。

「じゃ、悪いけど俺らは飲ませてもらうから」
「ごめんね、直江〜」

人の家に来て家主がガマンしている酒を飲む……。なんて非常識な。

「どいた、どいた〜。そろそろ鍋にぶち込むぞ〜」

高耶さんが鶏団子のタネが入ったボウルを持ってやってきた。
後から譲さんがグラスの類を持って和室の障子を閉めた。

「お、高耶特製鶏団子か!これうまいんだってな。成田に聞いていっぺん食ってみたかったんだ〜」
「ウチで高耶がたまに作ってくれてさ。よく二人で鍋したよな」
「ちっさい土鍋でな〜。なんか男二人で食ってるの侘しかったよなあ」

男二人では侘しい?じゃあ今まで私と鍋していた時もそう思ってたんですか、高耶さん!

「直江、鶏団子入ったから、野菜入れて。あ、白菜は芯の方を先にな。牡蠣も一緒に」
「あ、はい」

さっき持ってきた野菜の皿から白菜の芯を取って鍋に入れた。次は牡蠣と白子を。
確かに客にやらせるのは立場的におかしいような気がしたので大人しく高耶さんに従ったのだが、どうにも座り位置が不本意だ。

高耶さんが座った所は私の対角線上で、鍋の湯煙で顔もまともに見られないところだった。
たとえ湯煙であろうとも私と高耶さんを隔てるなんて許せん。
なぜこっちに座ってくれないのだ!!

「忘年会みたいだな。あ、直江、灰皿取って」
「自分で取れ」
「すぐそこにあるじゃねーか。取ってくれたっていいだろうが。おい、高耶。どうにか言え」
「直江、灰皿取ってやれよ」

高耶さんの命令ならば仕方がない。手元の灰皿を取って長秀に渡した。
こいつは高耶さんからの言いつけならば私が何でもするとでも思っているのだろうか。けしからん。

「直江、せっかく貰った日本酒なんだからちょっとぐらい飲んだら?」
「はあ……そうします」

江戸切子の猪口に一杯だけ飲もうと手に取った時、脇にいた綾子が酒を注いだ。
……高耶さんが注いでくれるものだと思っていたのに……。

「んじゃ忘年会ってことで乾杯しましょ?」

何が乾杯だ。先に飲んでいたくせに。

「そーだな。せっかく集まったんだしな」

高耶さんまで……。

そして長秀がどうしようもない駄洒落を交えて乾杯の音頭を取った。
それぞれ猪口をカチンと合わせて飲んだはいいが、高耶さんの位置と私の位置では膝立ちをして鍋の上で合わせなければならないため、なんと省略されてしまった……。

長年生きているが、高耶さんと乾杯できないことがこんなに悔しいとは思わなかった。

「かー!んまいな!」

長秀と綾子は一気に飲み干して奇声を上げた。譲さんと高耶さんは少しだけ飲んで渋い顔を。
二人は日本酒が得意ではないらしい。
私はというと肉体改造中なだけに一気に飲み干してしまうのがいささかもったいなく、舐める程度にチビリと飲んで後の余韻を楽しむつもりだ。ああ、情けない。

「食うか!いっただっきま〜す!」

私の脳内では

『直江、何が食べたい?オレが取ってやるよ』
『あ、オレ、白子食べたい。取って取って〜』
『あ!それオレが狙ってた餅きんちゃく!も〜!返せよ〜!』
『葛きりでポッキーゲームやろ?チューしたらおまえの負けな?』

なんてことが展開されていたのに、どうして私が全員分の器によそってやらねばいかんのだ!!
こうなったら邪魔者にはネギと白菜だけ入れて、高耶さんにはおいしい牡蠣と白子と鶏団子を入れるしかないな。

「あ、直江さん、俺、あんまりネギ好きじゃないんで少なめでお願いします」
「あ〜、俺キノコ駄目なんだよな。よけといて」
「私もニンジン入れないで」

……このワガママどもが!!

「直江、オレも春菊あんま好きじゃない」

……高耶さんのリクエストには全面的にお応えします。

こんな感じでなぜか私が延々と鍋奉行をやらされた。

 

 

そんなこんなで鍋パーティーは終わり、後片付けは私と高耶さんでやっていた。
さんざん食い散らかした邪魔者どもはリビングで酒を飲み続けている。

「やっぱ直江んちはいいな〜。広いし何でも揃ってるし、マッサージチェアもあるし〜」
「ホント、なんであんな男が売れっ子なのかわかんないわよね〜」

努力の賜物に決まっているだろうが。何でも何もあるものか。

「でもそのぶん食事制限とかあるんだから大変なんじゃない?」

譲さん!さすが高耶さんの親友なだけあってわかってらっしゃる!あなたを邪魔者扱いした自分を反省します!

「なあ、直江。冷凍庫に抹茶アイスあったよな?あれ出していい?」
「ええ。高耶さんのために買ったものですから好きなだけ食べてください」
「みんなで食うの」
「……ええ、そりゃもちろん」

あいつらに食わせるために買ったわけではないのに!譲さんと高耶さんだけが食べればいいのに!

「んじゃ直江、皿に盛っておいて。オレはみんなのとこ戻るから」
「え?」

私の疑問符など聞こえなかったらしく、とっととリビングへ行って若者の輪に入ってしまった。
なんだか今日の高耶さんはちょっと冷たい。この抹茶アイスのように。

ガラスの器に抹茶アイスを盛り付けてリビングに運んだ。
全員いっせいにたかって皿を受け取り食べ始める。

「うわ!なにこれ!うっめ〜!」
「本当に抹茶の味がする!甘すぎなくておいしいね!」
「直江ってばおいしいものよく知ってるわよね〜」

すべて高耶さんのために吟味して選んでいるのだ。当然だろう。
高耶さんにマズイものなど食べさせられるわけがない。選りすぐりのおいしいものを食べさせてあげたいのだ。

「ん!ホントだ!超うまい!直江、サンキューな」

……その一言ですべて報われます……ありがとう、高耶さん。

 

 

 

アイスを食べ終わるとまた酒盛りになった。
今度は乾き物を中心にしたつまみを広げて本格的な飲みに入ったらしい。

スーパーの袋に入っていたつまみを盛って出したり、冷蔵庫からビールを出したり、水割りを作ったり、ワインを出したり。
すべて私がやった。
高耶さんも少し手伝ってはくれたが、若者たちの会話からなんとなく外されてしまったような気がして仕方なく私が、という感じだ。

深夜になってから最初に譲さんが酔い潰れ、床で眠りだしてしまった。
やはり今夜は全員宿泊のつもりらしい。
その次は綾子、長秀と、酒を大量に飲んだ3人が寝てしまった。

「……毛布でもかけてやろっか」
「そうですね」

和室と客間から毛布と掛け布団を持って来て、床で眠る3人にかけた。
眠っていると大人しいのは子供だけじゃないな。

「直江、ちょっと来てみ」

結露で曇った窓を手で拭き、高耶さんが外を見ていた。呼ばれて寄ってみると満月が光っていた。

「なんか今年も終わりって感じだな〜」
「そうですね」
「外、出てみよう」

窓を開けてバルコニーへ出た高耶さん。寒いのに部屋着のままで。
一緒に外へ出て、寒そうな体を暖めるようにして背後から包み込んだ。

「今日はごめんな?」
「どうして?二人で鍋できなかったから?」
「そーじゃなくて、コキ使ったみたいで」

まあ、言われてみれば何でもかんでも私がやっていたが。

「4月からここで暮らすけど、働き出したら時間が自由にならないと思うんだ。学校の先輩がモトハルに就職してるから話を聞いたんだけど、1年目は覚えることいっぱいで、2年目は色々やることいっぱいで、3年目はそれなりに任されるから大変なんだって。だからきっと夕飯もまともに作れなくて、直江との生活時間もズレる。オレが何も出来ないとき、おまえひとりで夕飯になるんだな、って思ったらさ……ちょっと料理とか覚えて欲しくなって、鍋なんか材料ぶち込むだけだから簡単だろ?ちょうどいい機会だと思ったから、全部やってもらったんだ」

そういうことか。普段私がやらないようなことをやらせたのは。

「勝手に色々考えて、たくさんやらせちゃってごめんな?」
「いえ、そういう心遣いなら感謝しなくてはいけませんね。また私でも作れるメニューを教えてください」
「うん」

冷たくなった頬に唇を寄せると、そっと振り向いてキスしてくれた。

「でも出来るだけ一緒にいられる時間作るから」
「私も、作ります」

満月の下、優しいキスを何度かした。

 

 

 

寝る前にメモを書いてローテーブルに乗せておいた。
和室に男性二人分の布団が敷いてあること、客間に綾子用のパジャマを用意しておいたこと、もし風呂に入るならいつでも沸いているので好きな時間に入れること、冷蔵庫にミネラルウォーターがあるから自由に飲んでいいこと。
3人が目覚めたら不自由のないように。

「酔っ払いの面倒見るの、慣れてんだな」
「今まであなたがさんざん酔ってますからね」
「そうか〜?」
「まあ、高耶さんにするように親切な介抱はしませんが」

酔っ払いどもが寝ている間に一緒に風呂に入ってサッパリし、手を繋いで寝室へ。
ドライヤーで髪を乾かしてあげながら、今度教えてもらう料理のメニューを話し合った。

「でもその前にまた二人で鍋しましょう」
「うん、今度はしゃぶしゃぶしような。のんびりたくさん食ってさ」
「…………あの」
「あーんとか、ふーふーとか、してやるから」
「はい!!」

次回こそは私の念願が叶う!!
冬は鍋に限るな!!

 

 

END



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あとがき

冬は鍋ですな。
私はチゲ鍋としゃぶしゃぶが好き。
白子の入った水炊きも好き。
鍋る、鍋ろ、鍋れば、鍋るとき。