同じ世界で一緒に歩こう 47 |
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水炊きもいいし土手鍋もいいししゃぶしゃぶもいいし。 高耶さんに頼まれていた柚子醤油ポン酢とゴマダレをピーコックで買って、きっと水炊きだなあ、牡蠣を入れてくれているだろうなあ、高耶さんの鶏団子は絶品だから楽しみだなあ、とか思いながら玄関のドアを開けたら。 「おかえり〜!」 高耶さんは抱きついてキスしてきた。いつもの習慣なのだが、玄関の様相が違う。 『なおえ、ふーふーしてやるから待ってろ。ほら、あーんして。熱いから気をつけろよ?』 なんてことを考えていた私は絶望の淵に立たされた気分だった。 高耶さん。 「……ふたりきりで鍋するんじゃなかったんですか……?」 『ああもう直江ったらそんなに急いで食べたらヤケドするのに……バカだな。早く治るおまじないにチューしてやる』 とかそんなことを考えていたのに。 鍋で熱くなった体から、一枚ずつ衣服を脱ぎ捨てていく高耶さん。首筋に汗が光って色っぽくて……。 「けど鍋は大勢でやった方がいいだろ?だからさ、機嫌直して一緒に楽しく食おう?」 靴を脱いで入るとキッチンに大量の野菜や鶏団子のタネが置いてあった。牡蠣も山のように積まれている。 「これ、どうしたんです?」 と、いうことは。 「とりあえず着替えて来いよ。もうみんな和室で準備してるから」 障子が閉まっている和室では、すでに3人が笑いながら話している。 もう仕方がない。諦めよう。今日はこの3人を泊める覚悟でいなければ。 着替えてからキッチンへ行くと高耶さんと譲さんで食器の準備をしていた。 「直江さん、お邪魔してます」 言っておくがこれは嘘だ! 「すいません、押しかけちゃって」 営業スマイルで手渡された野菜の皿を持って和室に入ると、ガスを繋いで火をかけた長秀と綾子がだし汁の煮立ち具合を見ながらビールを飲んでいた。 「おう、邪魔してるぜ、直江」 なぜ同じ事務所なのにこいつらはこんなに早くに私のマンションにいるのだ。家主よりも先に来ているとは。 「直江は相変わらず食事制限してるのか?」 週に一度だけ飲んでもいい日を決めたのだが、それは高耶さんと二人きりのディナーで使うことにしている。 「じゃ、悪いけど俺らは飲ませてもらうから」 人の家に来て家主がガマンしている酒を飲む……。なんて非常識な。 「どいた、どいた〜。そろそろ鍋にぶち込むぞ〜」 高耶さんが鶏団子のタネが入ったボウルを持ってやってきた。 「お、高耶特製鶏団子か!これうまいんだってな。成田に聞いていっぺん食ってみたかったんだ〜」 男二人では侘しい?じゃあ今まで私と鍋していた時もそう思ってたんですか、高耶さん! 「直江、鶏団子入ったから、野菜入れて。あ、白菜は芯の方を先にな。牡蠣も一緒に」 さっき持ってきた野菜の皿から白菜の芯を取って鍋に入れた。次は牡蠣と白子を。 高耶さんが座った所は私の対角線上で、鍋の湯煙で顔もまともに見られないところだった。 「忘年会みたいだな。あ、直江、灰皿取って」 高耶さんの命令ならば仕方がない。手元の灰皿を取って長秀に渡した。 「直江、せっかく貰った日本酒なんだからちょっとぐらい飲んだら?」 江戸切子の猪口に一杯だけ飲もうと手に取った時、脇にいた綾子が酒を注いだ。 「んじゃ忘年会ってことで乾杯しましょ?」 何が乾杯だ。先に飲んでいたくせに。 「そーだな。せっかく集まったんだしな」 高耶さんまで……。 そして長秀がどうしようもない駄洒落を交えて乾杯の音頭を取った。 長年生きているが、高耶さんと乾杯できないことがこんなに悔しいとは思わなかった。 「かー!んまいな!」 長秀と綾子は一気に飲み干して奇声を上げた。譲さんと高耶さんは少しだけ飲んで渋い顔を。 「食うか!いっただっきま〜す!」 私の脳内では 『直江、何が食べたい?オレが取ってやるよ』 なんてことが展開されていたのに、どうして私が全員分の器によそってやらねばいかんのだ!! 「あ、直江さん、俺、あんまりネギ好きじゃないんで少なめでお願いします」 ……このワガママどもが!! 「直江、オレも春菊あんま好きじゃない」 ……高耶さんのリクエストには全面的にお応えします。 こんな感じでなぜか私が延々と鍋奉行をやらされた。
そんなこんなで鍋パーティーは終わり、後片付けは私と高耶さんでやっていた。 「やっぱ直江んちはいいな〜。広いし何でも揃ってるし、マッサージチェアもあるし〜」 努力の賜物に決まっているだろうが。何でも何もあるものか。 「でもそのぶん食事制限とかあるんだから大変なんじゃない?」 譲さん!さすが高耶さんの親友なだけあってわかってらっしゃる!あなたを邪魔者扱いした自分を反省します! 「なあ、直江。冷凍庫に抹茶アイスあったよな?あれ出していい?」 あいつらに食わせるために買ったわけではないのに!譲さんと高耶さんだけが食べればいいのに! 「んじゃ直江、皿に盛っておいて。オレはみんなのとこ戻るから」 私の疑問符など聞こえなかったらしく、とっととリビングへ行って若者の輪に入ってしまった。 ガラスの器に抹茶アイスを盛り付けてリビングに運んだ。 「うわ!なにこれ!うっめ〜!」 すべて高耶さんのために吟味して選んでいるのだ。当然だろう。 「ん!ホントだ!超うまい!直江、サンキューな」 ……その一言ですべて報われます……ありがとう、高耶さん。
アイスを食べ終わるとまた酒盛りになった。 スーパーの袋に入っていたつまみを盛って出したり、冷蔵庫からビールを出したり、水割りを作ったり、ワインを出したり。 深夜になってから最初に譲さんが酔い潰れ、床で眠りだしてしまった。 「……毛布でもかけてやろっか」 和室と客間から毛布と掛け布団を持って来て、床で眠る3人にかけた。 「直江、ちょっと来てみ」 結露で曇った窓を手で拭き、高耶さんが外を見ていた。呼ばれて寄ってみると満月が光っていた。 「なんか今年も終わりって感じだな〜」 窓を開けてバルコニーへ出た高耶さん。寒いのに部屋着のままで。 「今日はごめんな?」 まあ、言われてみれば何でもかんでも私がやっていたが。 「4月からここで暮らすけど、働き出したら時間が自由にならないと思うんだ。学校の先輩がモトハルに就職してるから話を聞いたんだけど、1年目は覚えることいっぱいで、2年目は色々やることいっぱいで、3年目はそれなりに任されるから大変なんだって。だからきっと夕飯もまともに作れなくて、直江との生活時間もズレる。オレが何も出来ないとき、おまえひとりで夕飯になるんだな、って思ったらさ……ちょっと料理とか覚えて欲しくなって、鍋なんか材料ぶち込むだけだから簡単だろ?ちょうどいい機会だと思ったから、全部やってもらったんだ」 そういうことか。普段私がやらないようなことをやらせたのは。 「勝手に色々考えて、たくさんやらせちゃってごめんな?」 冷たくなった頬に唇を寄せると、そっと振り向いてキスしてくれた。 「でも出来るだけ一緒にいられる時間作るから」 満月の下、優しいキスを何度かした。
寝る前にメモを書いてローテーブルに乗せておいた。 「酔っ払いの面倒見るの、慣れてんだな」 酔っ払いどもが寝ている間に一緒に風呂に入ってサッパリし、手を繋いで寝室へ。 「でもその前にまた二人で鍋しましょう」 次回こそは私の念願が叶う!!
END
あとがき 冬は鍋ですな。
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