同じ世界で一緒に歩こう

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パリで待ち合わせ
その1

 
         
   

生まれて初めての飛行機に11時間乗ってやってきました、シャルル・ド・ゴール空港!
エコノミーでいいよっつったのに、直江はオレの分までビジネスクラスで取りやがって、おかげさまで快適な空の旅を楽しめた。
ジュース飲み放題、ワイン飲み放題なんていいのかね?なんて思いながらどっちも遠慮なく貰って飲んだ。
椅子もグア〜って倒れてベッドみたくなるし、毛布もフカフカのを借りれたり、食事のメニューもちょっと豪華なんだって。
飛行機に乗ったことないからどのへんが豪華なのかわかんないけど。

飛行機は西へ西へと向かってるから全然日が沈まないまま、真昼間のパリに到着。時差は9時間。
乗り物酔いの薬を貰って飲んであったからグッスリ寝ることが出来て時差ボケもない。

オシャレな空港がまさにパリって感じだったけど、食べて眠って飲んで直江と話してるだけでフランスに到着なんてちょっと信じられなかった。

「本当にここフランス?」
「ええ、そうですけど何か?」
「実感なくてさ」
「まあね〜、そんなもんよ」

実は直江と二人きりでパリに来たわけじゃない。
綾子ねーさんと直江の主任マネージャーのマリコさん(マリコさんはフランス語も堪能だからねーさんの通訳も兼ねてる)も一緒だ。
当然だな。なんたって直江は仕事で来てるんだから。
ちなみにねーさんたちはエコノミークラスの席だったもんだからさっきまでブーブー文句を言ってた。

「さてと、お迎えが来てるはずだから行きましょう」

慣れない英語で「サイトシーイング」と「ホテルリッツ」だけ言ってどうにか入国審査クリア!
ロビーに出ると直江を発見したフランス人男性が駆け寄ってきて「ヨシアキ!」と言った。

何やらフランス語で話してる。綾子ねーさんもフランス語はわからないから脇でマリコさんに通訳してもらってる。
内容はきっと「マネージャーの綾子とマリコです」とか何とかだろう。
んで次だ。オレ。

「IL est mon amant. 」

……なんて言ったんだろう?
タカヤ・オウギってのは聞き取れたけど、どう紹介したのかはわからない。

フランス人男性はクライアントの広報の人で、直江とは何度も一緒に仕事をしてるんだって。名前はジャンだ。
握手して日本語でよろしくって言うと笑顔で答えてくれた。なんて言ってるかはわからないけど。
ねーさんもそこは同じくわからないからマリコさん頼み。

「ひとまずホテルへ行きましょうって。今日は綾子とマリコさんと私で打ち合わせに行ってしまいますが、高耶さんはどうします?一人でホテルにいても退屈でしょう?」
「ホテルの近所とか見てるからいいよ。なんか観光名所みたいのある?」
「ルーブル美術館と、オルセー美術館と、あと少し遠いですけどノートルダム寺院がありますね」
「んじゃルーブル行く」
「……ひとりで?」
「そうだけど、ダメ?」

どうやらこの直江の顔からすると「一緒に行きたい」だ。
だけどたったの3泊4日。直江と一日中いられるのは3日目だけ。4日目は朝から飛行機乗っちゃうもんな。

「いいじゃん。直江とは3日目に行きたいとこいっぱいあるんだからさ。ルーブルぐらいは一人で行けるし、ゆっくり見たいし」
「そうですか……じゃあそうしましょうか……」

そんなわけでオレたちは飛行場からホテルまで、迎えの車(ベンツのバンだ!)でヴァンドーム広場のホテルリッツへ。
このホテルが有名なところだってのはテレビでも何度も見てるから知ってる。豪華なのも知ってる。
だけど直江程度のモデルで……って、直江も有名なモデルなのは知ってるけど、ここまでいいホテルに泊まれるなんてもったいないよな。

「なんか……豪華すぎて落ち着かないわね」
「だな……直江は慣れてるっぽいけど……」

ロビーからして貴族の館みたいなきらびやかさ。嫌いじゃないけど異世界だからちょっぴり抵抗あるなあ。

「高耶さん、行きますよ」
「あ、うん」

ねーさんはマリコさんと一緒、オレは直江と一緒の部屋だそうだ。
それぞれ荷物をポーターさんに運んでもらって部屋まで行って中に入ると、どこの宮殿だ?!って感じの内装でオレは目の前がクラクラした。
直江は何度か泊まってるらしくてなんの感慨もなさそうだけど、オレはこの極度にゴージャスな部屋にめまいを起こしそうだ。

シャンデリア、タフタフしたカーテン、足が沈む絨毯、何やら飾りがついてるダブルベッド……。
ダブルベッド?!

「直江!」
「はい?」
「なんでダブルベッドなんだ?!ダブルで予約してもらったのか?!」
「ええ。だって恋人同伴と言う話で通してもらってますから。今回の同行者とスタッフは全員あなたが私の恋人だって知ってますよ。さっきだって空港で『私の恋人です』って紹介したじゃないですか」

……モナムー(高耶耳)とか言ってたのがそうだったのか……。げげ。とんでもなく恥ずかしいぞ。

直江はそんな悩む若者のオレを横目に、新品の温かいインナーを着て、企画書やらペンやらファイルやらをカバンに入れて出かける支度をした。

「高耶さん、これパリの地図と観光ガイドです。あとこれを腕時計につけてください」
「ん?」

差し出されたのは腕時計につけるタイプの方位磁石。
……方向音痴なわけじゃないんだけどな……。

「あとこれも」

次に渡されたのは防犯ブザー。なんでこんなものを……。

「しっかり頭に入っているとは思いますが、パリの治安はそんなにいいわけではありません。絶対に油断しちゃダメですよ?カバンはちゃんと袈裟懸けにして、パスポートはお腹に入れて、現金は少なめ、トラベラーズチェックを使うようにしてください」
「わかってるよ!つーかオレそんなに頼りなく見えるか?!」
「心配なんです!さらわれたりしないか、痴漢に遭いはしないか、暴漢に襲われたりしないか!」
「大丈夫だ!これでも用心深さは折り紙つきだ!」

なんたって他人に警戒しまくって高校まで過ごしたからな。なんて胸張って言えるこっちゃないけど。

「まあ確かに……」
「だから心配しないで行ってこい。今日はルーブルで一日過ごしてホテルに戻って直江を待ってるから」
「わかりました……では行ってきます」
「おう」

ようやく直江がいなくなった。
邪魔なわけじゃないけど、ちょっと心配しすぎだ。
一緒にいろんな場所を回れないのが残念だとも思ってるんだけどさ、一人でパリってのもいかにも旅って感じでカッコイイじゃん。

豪華な部屋のチェックは夜に回して今はとにかくルーブルへ行く支度をしなきゃ。
歩いて行けるらしいから地図は必携。ガイドブックも持って行こう。
あとルーブルはフラッシュ焚かなければ写真も撮っていいらしいからデジカメも持って、と。

「おっしゃ!出発!」

寒い寒いと聞かされてはいたけどマジで寒い。
直江に言われてインナーもしっかり着たし、パンツはウールだし、セーターもカシミヤだし、靴下も毛糸。
これで歩き回ってもばっちりだ。

レッツルーブル!!

 

 

ホテルの外へ出てキョロキョロしながら地図とにらめっこ。
せっかく来たんだし、観光名所をひとつでも多く見るためにまずはコンコルド広場に行こう。

地図で覚えた道を行くと(地図持って歩くと泥棒に狙われるんだってさ)でかいオベリスクがある広場に出た。
これがコンコルド広場か。
話には聞いてたけどやけに広いところで見晴らしが良くて、遠くにエッフェル塔が見えた。

「やっぱパリだ……」

空港からホテルまでの道のりでフランス的な建物や風景を見てきたけど、こうして歩くと感慨深い。
写真を何枚か撮って、意味もないのに周りを一周してみた。まさにおのぼりさん状態。

で、その広場から繋がってるチュイルリーとカルーゼルの庭園をのんびり散歩気分で歩いてルーブルへ。
あ〜、ここ直江が来たら喜びそうだ〜。手繋いで歩きたいとか言いそう。

そんなことを考えながらルーブルに向かって歩いていくと、映画で見たガラスのピラミッドと豪華な建物が見えた。そこが元は宮殿だったのも頷ける広大さ。
おかげでどこが入り口なのかもわからなかったから、人の流れを見て「ピラミッドかな?」ってあたりをつけたら大正解で、入場券を買って入った。

入ったはいいものの、広すぎてよくわからないから有名な彫刻から見ることにした。

まず目に付いたのはニケだ。サモトラケのニケつってよく美術室なんかに彫刻があるやつ。首がない羽の生えた女の彫刻。英語で書くとNIKE。ナイキの社名はニケから取ったんだぞ。学校の授業で習ったんだ。

で、そこからカメラ片手にウロウロしはじめてミロのビーナスだとかを見上げながら歩いてたら、いつの間にか絵画のコーナーに出た。
足がちょっと痛くなってたからけっこう歩いたみたいだ。ベンチに座って一休みしてから再開。

絵画はいくつか教科書で見たことのあるものがあって、それを写真に撮って歩いてるうちにモナリザって読めるプレート発見!
モナリザだ!あの!
行ってみたらわんさか人がいた。他の展示には人が集まるなんてことないのに、モナリザだけは違った。
しかも分厚いガラスで保護されてるのもモナリザだけだ。
こんなに厳重に守られてる美女は世界のどこを探してもいないだろうな。

もちろんモナリザもカメラに収めて満足。あとは閉館までフラフラしようっと。

 

 

 

ホテルに戻ると歩きすぎで足が痛くなってることに気がついた。
とんでもない広さだ、ルーブル美術館め!

バスルームで足だけ温めてマッサージしとこうかな、って思って入ってみたら、バスルームもアホみたいな豪華さだった。
日本のホテルやオレのアパートみたいなプラスチックのユニットバスなんかじゃなくて、大理石で出来た床と壁。
金色の蛇口と真っ白な陶器の洗面台がふたつ!なんでふたつもあるんだ!
タオルだって刺繍が入ったフカフカなやつ。ちっともゴワゴワしてない高級品だ。

「すげえ……パリすげえ……」

真っ白な陶器のバスタブにおずおずとお湯をためて、バスタブの縁に座って足だけ浸けた。
やっぱ落ち着かないな……。
オレの貧乏性の度合いがわかるみたいで情けない。

「高耶さん?戻ってますか?」

直江が帰ってきた。

「こっち。バスルームにいる」

ドアが開いて直江が顔を覗かせた。

「どうしたんですか。足なんか入れて」
「歩きすぎてな。冷えるし、ちょっと足だけあっためてマッサージしようと思ってさ。しっかしこのホテル、どこ見ても豪華なんだな〜」
「一流ホテルですからね。ヨーロッパは一流でなくてもけっこう立派なところばかりですが、ここは格別でしょうね」
「へ〜。けどオレ、もうちょっと地味なとこが良かった。落ち着かないったらないよ」

直江は笑いながら近寄ってきて、隣りに座った。

「じゃあ次回、ヨーロッパに来るときはプチホテルにしましょうか」
「プチホテル?」
「ええ。部屋数が少ないホテルです。経営者のセンスも出ますから、高耶さんが落ち着ける部屋もみつかりますよ?プチホテルだからと言ってサービスが悪いわけでもなく、逆にこういう大きなホテルより良かったりしますし」
「ふーん、じゃあ今度ヨーロッパに来る時はそーしよう」

足をバスタブから出して拭こうとしたら、直江がタオルを持って待ち構えてた。
にっこり笑って嬉しそうにしてるから足を直江の膝に置いて拭いてもらった。いい気分だ。

「夕飯はどうします?」
「ねーさんたちと一緒じゃないの?」
「綾子たちだってわきまえてますよ。私とあなたと二人でいる時間を減らすような真似は出来ないんでしょうね」
「う」

そうか……バレてるんだもんな。オレと直江の初めての海外旅行ってのもわかってるんだし。
じゃあ別々ってことか。

「着いたその日に肩肘張ったレストランなんて疲れますからね、裏道にある小さい食堂にしようかと思ったんですけど、高耶さんは何が食べたいですか?」
「ゆっくり食えるんだったら何でもいいよ。マックだろうがケンタだろうが」
「さすがにマックはどうかと思うんで、私がよく行ってた食堂にしましょう。パスタやチキンバスケットやらあって若い人には人気なんです」
「そこでいい。直江がよく行ってたとこ行きたい」

直江はロンドンに半年、パリには3年近くいたらしい。
まだ若いときに海外で売れて、日本にいるよりもヨーロッパにいた方が何かと便利だってことで最初は言葉のわかるロンドンにいたんだけど、そのうちやっぱりパリにいる方が便利だってことに気がついて引越したそうだ。
これは修行って意味も兼ねて上杉社長や鮎川さんが薦めたらしいんだけど。本人は短期間のつもりで行ったのに、なんだかんだで3年も。

おかげでフランス語はマスターできたし、友達も増えたし、悪いことばっかりじゃなかったからいい経験になったってさ。
オレの知らない時間を直江はフランスで過ごして、大人になってたんだな〜って思うと不思議な感じがする。

「直江は今まで行った外国でどこが一番好き?やっぱパリ?」
「住んでいたのを考えるとパリも好きですけど、雰囲気が一番好きなのはローマですね。明るくて躍動的で人も陽気で街全体が芸術品みたいで。なんといっても食事が美味しいんです」
「フランスよりも?」
「口に合うってだけでしょうけどね。フランス料理は長く食べてると飽きますから」

足をマッサージしてもらいながら直江の旅行記を聞いてた。
ローマに行った時に見かけたお爺さんのファッションがえらくかっこよくて、それから服はイタリア製を選ぶようにしたんだとか、ベルリンで小さなギャラリーに入るのが楽しかったから日本にもあればいいのにとか、ロンドンは何を食べても不味かったけどお菓子とお茶だけは最高だとか。他にも色々。

「高耶さんは今日、どこに行ったんですか?」
「ルーブルとコンコルド広場」

ルーブルで何が気に入ったかを聞かれて、ヘレニズム彫刻やルネサンス絵画が一番良かったって言ったら、じゃあ今度は二人でローマに行こうって。

「ローマはそのうちな。今はパリなんだから、直江が好きな場所とか案内しろ」
「わかりました」

そーいえばパリに着いてからチューしてないな。到着したらソッコーで直江は出かけちゃったからな。

「なあ、直江」
「はい?」
「チューしよう」
「……はい!」

着いてすぐから忙しかったせいで、直江も忘れたっぽい。チューって言われてやっと気づいたみたいだ。
とっとと足のマッサージを終わらせてオレをギューってやってチューしてきた。
ここがバスタブの縁だってことを忘れてブチュブチュやってたら、バランスを崩してバスタブの中に落ちそうになって二人して必死で踏ん張ったりして可笑しかった。
仕切りなおしってことでソファのところまで行って座ってチューを。ロングタイムで。

「下手したらこのまま夕飯ナシってことになりそうですね」
「それもアリかも」
「そうなったらルームサービスでも取りましょう」

だけどオレのお腹がグーッと威勢よく鳴ったからそこで終了。
直江は優しくエスコートしながらオレを裏道にある特等席に連れて行ってくれた。

 

 

ツヅク


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高耶さん一人旅の巻。