同じ世界で一緒に歩こう

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パリで待ち合わせ
その2

 
         
   

直江が好きそうな落ち着いた内装の食堂でパスタとサラダとポークソテーを食った。
ここはパリに住んでた時にしょちゅう来てたとこなんだって。住んでたところと近いからって理由で。

「毎日外食だったのか?」
「まあ、そうですね。あとは家で電子レンジで作れるものや、缶詰から出して食べるものとか」
「そんな食事で太ったりしなかったのか?」
「若かったので」

今はもう高耶さんのご飯じゃないと満足しませんけど、と付け足してテーブルの上で手を握ろうとした。
隣りの席にはオッサン同士の二人連れがいるけど、どう見たって仕事仲間だ。そんな人たちの前で手なんか握れるか!
急いで引っ込めて話をそらした。

「どのへん住んでたんだ?」
「……手……」
「それはまた今度だ……。で?どのへんに住んでたんだよ」
「ここから3分ぐらいのアパートです」

アパートつってもオレが住んでるようなとこじゃない。立派な石造りの建物で、塔みたいなのがついてるに違いない。
そこでオシャレな生活してたんだろうな〜。

「ほとんど仕事で家にいませんでしたから、家具も少なくて殺風景でしたね。家具つきで借りた部屋ですからインテリアにも凝りませんでしたし、持ち込んだのはCDラジカセと服ぐらいです」
「忙しかったんだ?」
「部屋にいるのは週に2日間とか、そんなのはザラでした」
「なんで日本に戻ったの?せっかく売れてたのにさ」

そうなんだよな。最初から疑問だったんだ。まだまだ人気あったのに3年間で帰ってくるなんておかしいな〜って。

「…………笑いません?」
「うん、たぶん」
「ホームシックです」
「はあ?!」

直江がホームシック?!嘘っぽいけど本当くさい。

「日本茶だとか、醤油だとか、味噌汁だとか、排気ガスだとか、張り巡らされた電線だとか。日本に仕事で戻ったらそういうのが異常に懐かしく感じられて、フランスに帰る時、成田空港で泣きそうになったんですよ。それでもうどうしても日本に帰りたい気持ちが大きくなって、ノイローゼになりかけたので鮎川に泣きついて帰してもらいました」

呆れたみたいに遠い目で自分を笑う直江。わからなくもない。オレもたまに松本に帰りたくてしょうがない日がある。
松本城だとか南アルプスだとか八ヶ岳だとか女鳥羽川のカエル像だとか。

「帰って正解でしたよ。自分には和食と日本の四季が合ってると実感しました。それに最大なことも」
「最大なこと?」
「高耶さんに出会えたことです」

周りに日本語がわかる人がいないからってでかい声で言いやがった。赤面ものだ。

「あのタイミングで帰ってなければ別の人生を歩んでいたでしょうからね。そうしたら高耶さんには出会えなかった。大事なことが何かわからないまま生きて、適当に遊んで適当に仕事をして、後先考えずに努力もしないで。今の私の10年後はまだ現役でファッションモデルをやってると思いますが、あのまま過ごしての今の10年後はモモヒキはいたチラシモデルのオジサンになってたかも知れませんね」

そんなわけないと思うけど。極端な男だな。

食事が終わって散歩しながら帰ろうってことになって、地理をよく知ってる直江について歩いた。
松本から東京に来たときよりも、どの街角も似通ってて全然覚えられない。それに道も難しい。
直江を見失ったら迷子決定だなって思って、すぐに思い直した。
直江はオレを迷子なんかにしないし、もし見失ってもすぐに探し出してくれるだろうから。

「なあ、直江」
「はい」
「あんまり手繋いでる男同士のカップルっていないな」
「このへんはそうですね。サンジェルマン地区と言ってちょっとだけお高いところですから」
「…………オレが迷子になりそうだったら?」

言ってる意味がわかったらしい。笑って手を差し出してきた。

「だけど変な目で見られるような都市でもないですよ」
「じゃあそうする」

その手を軽く握って、周りの目なんか意識しないで歩き続けた。

 

 

優しい直江はホテルに戻るとバカな直江に変身した。
食べ過ぎたようなので一汗かきたいとかなんとか。王侯貴族なみのダブルベッドで、だってさ。
バカだろ?

 

 

翌朝、バスローブだけ着て出かける準備をしてる直江。なんで着替えないのか聞いたら服の締め付けの線が体に残らないようにするため、だって。
そーいえば今回の直江の仕事は全裸なんだった。オールヌード。
ねーさんもマリコさんも見てる前でオールヌード。やっぱり気分は複雑だ。

「パンツもはけないのか」
「そうですね。下半身は下着なしでズボンはかないと。寒そうです」

そーゆー問題か?

寝癖だけ直して、ヒゲを剃って、乾燥しないように化粧水だけつけて直江は準備完了。
あとは現場でメイクやら髪のセットやらするらしい。座るのも服の跡がつくからタクシーの中だけにするって、立ちっぱなしでオレを待ってた。

「いいよ、準備できた。行こうか」

ロビーで待ってるねーさんたちと合流してタクシーで撮影スタジオまで。
スタジオに入る直前、直江はオレの手を握ってきた。

「な!」

ねーさんやマリコさんが見てるのに!他の人も見てるのに!

「こうしていないとあなたが私の恋人だってスタッフにわからないでしょう?一目でわかるようにしておきたいんです。おかしな誤解を受けないように」

本気で言ってる。確かにオレと直江じゃ不釣合いなカップルだから、外国人から見たらオレなんかはマネージャーや付き人にしか見えないかも。
こういう細かいところで気遣ってくれるのが嬉しい。

「高耶さんは私の恋人です、って態度で主張をすれば不快な思いもしませんよ。すぐにVIP扱いです」
「そーゆーもんなの?」
「そういうもんです」

手を繋いでスタジオに入って、欧米なみのベタベタ加減で肩を抱いて挨拶しながら周りに紹介してくれた。
恥ずかしいけどこれをこなさいとVIP扱いしてもらえないから我慢だ。
ねーさんに笑われようと、マリコさんに呆れられようと。

「じゃあ私は準備してきます。高耶さんはそこのテーブルにいてください」

スタジオの隅っこにあるスタッフ用のテーブルとは別の、ソファ付きVIP席に座らされた。
美人のパリジェンヌがコーヒーを持ってきてくれたり、ビスケットやゴディバのチョコが入った箱を出されたり。
本格的なVIP扱いだ。

スタジオの背景は真っ黒な布が張ってあって、光の反射がない。ライトは暗めのオレンジ色。
中央に黒いベルベットを敷いた台座がある。直江があそこに全裸で横たわってヌード写真を撮るのか……。
うーん、何度考えても何度想像しても複雑な気分だ〜。

ナントカカントカムッシュタチバナって誰かが言って拍手が起こって、ふんわり素材のバスローブを着た直江が入ってきた。
髪は真ん中分けで、特殊な整髪剤なのかいつもより濃い茶色に見える。
メイクは眉毛がほんのり濃く描かれて、アイシャドーがタイ人みたいな加減で薄く入ってる。
バスローブから見える足はスネ毛がなくて、オイルが塗ってあるのか少しツヤってる。

もしかしてオレ、見ない方がいいんじゃないの?
ヤキモチとかありそうなんじゃないの?

ドギマギしながら見てたらいつの間にか隣りに綾子ねーさんとマリコさんが立ってた。
二人はスタッフだからこのソファ席には座れないんだそうだ。

「あんたも大変ね……直江のヌード撮影なんてさ」
「うん……なんか後悔しそう」
「やっぱ嫉妬するもんなの?」
「たぶんすると思う」

パリコレに出るようなモデルってのはショーの舞台裏で全裸だってことぐらいは知ってる。
男も女も混ざって舞台裏で着替えたりするものなんだって。日本のショーは違うけど。
だから直江は慣れてるだろうけど、オレはやっぱり他人に直江の全裸を見られるのはイヤだ。
広告で使われる写真は芸術的でも、撮影時はただ単に全裸で横たわるモデル、ってゆうだけの姿なわけだし。

「あたしも直江の全裸なんて初めて見るわ」
「あんまり見るなよ」
「好きで見るわけじゃないあたしたちの気持ちも考えてよ」

横でマリコさんがウンウン頷いてた。失礼な。

視線を直江に戻すと今まさに脱がんとしてることだった。背中をこっちに向けて上半身だけ肌蹴させた。
2ヶ月前に見た背中と違って筋肉の盛り上がりが痩せたボディビルダーみたい。
少し間を置いてスタッフと話してから腰の紐を外して脱いで、スタッフにローブを渡した。
ああ!お尻が見える!

「あら〜、いいお尻してるじゃないの」
「見るなってば!」
「よくあそこまで絞ったわね。あんたの協力あってのものなのね〜」
「う〜」

大事なところはなるべく見せないようにして台座に座ったけど、そうする方が恥ずかしかったみたいで堂々と見せながら寝そべった直江。
なんか……諦めの境地みたいな顔を一瞬したように見えたんだけど……。やっぱ相当恥ずかしいのかも。

「でか……」
「どこ見てるんだよ!ねーさん!」
「え?いや〜、ついね」

頼むからおかしな妄想しないでくれよ!アレであんなことやこんなことするとか考えないでくれ!

「この広告、問題作になって掲載禁止とかになりませんかね?」
「なるかもね〜」

マリコさんが直江の全裸を見て違う方向に頭を働かせた。そうか、こういう類の広告って危険も伴うのか。
まあそうなったら直江の努力は無駄になるけど、オレの彼氏の全裸が短期間晒されるだけで済むな。
って、それじゃダメなんだよ!
直江はモデル業界で生き残るためにコレやってんだから!

「掲載禁止になったら直江の仕事減る?」
「大丈夫でしょ。禁止になったからってこっちの責任じゃないんだし」
「そっか……なら良かった……」
「全部あんたと一緒にいるためにやってることなんだから、ちゃんと直江の仕事見ておきなさいね」
「……うん、そうだよな」

頑張れ、直江!

 

ツヅク


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