直江がバスローブを着て撮影終了かなって思ったんだけど、今までのはどうやらリハーサルっつーか試し撮りだったらしい。
みんなで集まってポラロイドを見てる。
ああだこうだと話し合いながら見てる図はフランスも日本も変わりないようだ。
直江がその輪から抜け出してこっちにやってきた。
「おつかれ」
「やっぱり恥ずかしいものですね」
こころなしか耳が赤い直江。さっきまで堂々と股間を晒してたくせに。
「2時間休憩だそうですよ。綾子たちとお昼ご飯食べてきてください」
「直江は?」
「撮影が終わるまでは普通の食事は出来ないので……」
スタッフが用意したスープとビスケットだけなんだって。大変だな。
「まだ時間かかりますからね、高耶さんはしっかり食べて待っててください」
「わかった」
ソファから立ち上がったら額にチューされた。こんなとこで!
「おおおおおまえ!」
「お昼ごはんの代わりです」
「アホか!」
だけど視線はまったく感じない。仕事に集中してるからとかじゃなくて、誰も気にしてない感じだった。
この場でのオレは100%直江の恋人っていう立場でしかないし、それはここにいる人全員が理解してるし、チューしたってベタベタしたって当たり前で自然な国だから、オレたちを好奇の目で見ない。
拍子抜けするほど。
「やっぱりオレも残って直江と食べる」
「え?」
「あ、迷惑だったら出かけるけど」
「いえ、迷惑ではありませんが……どうしたんですか?」
「チューしたって誰も咎めないような所にいられるんだったら、出来るだけたくさんの時間を一緒に過ごしたいな〜と思っただけ」
直江は満面の笑みを浮かべてオレをギューっと抱きしめた。
「そうですよね!そうしましょう!」
バカのような喜びようだ。チューするよりもこのバカさを見られる方が恥ずかしいかも。
そのバカはジャンにオレの昼飯を何か買って来てくれって頼んでた。
「デリカテッセンのサンドイッチでいいですか?って言ってますけど」
「うん、いい。もう何でもいいから早く離せ」
「いいじゃないですか。なんなら膝の上で食べさせてあげますよ」
「そんなことしたら殴る!」
バカはもう一回チューしてから離れた。
スタッフが直江のぶんのビスケットとスープを持ってきた。本当に少なくて小鳥みたいな食事。
オレのサンドイッチも間もなくやってきて、二人で並んで座って食べた。
「休憩が終わったら2時間ぐらい撮影して終わりですから、その後にお土産買いに出かけましょうね」
「うん。美弥にバッグ買ってやりたいんだ。オシャレで可愛いやつ」
「高耶さんのお父さんにも買わないと」
「オヤジに?なんで?」
「お正月にご挨拶に行くつもりなので」
「そっか……」
旅行が終わったら二人揃って松本と宇都宮に行って同居の話をしなきゃいけないんだった。
直江の実家ではもうお兄さんが説得してあるから大丈夫らしいんだけど、残る問題はウチだ。
長男が男と同棲するなんてわかったら親父も美弥も大反対かもしれない。
「出来る限りゴマすっておかないとな……」
「そうしましょう」
食べ終わってから直江の足のマッサージが始まった。オレがやるような素人的なものじゃなく、プロがやる本格的なマッサージだ。これでむくみを取ったら撮影再開なんだって。
邪魔にならないように離れてようかと思ったのに、横に座っててくれって頼まれて暇つぶしに手のひらのツボ押しをしてやった。
人前でこんなふうにイチャイチャできるって悪くないな〜。
なんて思ってたらマッサージしてるブロンドのお姉さんが直江に何か言った。
「なんだって?」
「あんまりイチャイチャしない淡白なカップルですねって不思議がってます」
「は?淡白?」
「外国人から見ればこの程度は淡白なんですよ。彼らの普通は肩を抱いてキスして、ぐらいなわけですから。特にゲイは男女のカップルより熱烈ですからね」
そーなのか。オレたちのイチャイチャは子供のカップルみたいな可愛いもんにしか見えないのか。
だからって熱烈にチューできる雰囲気じゃないしな。
「マッサージ終わったみたいですよ。スタジオの準備も出来たみたいですし、また全裸です」
「お腹壊してない?寒くない?」
「大丈夫です」
メイク直しに行ってしまった。また体にオイル塗って戻ってくんのかな。あれ、誰が塗ってるんだろ?
あんまりオレの彼氏に触って欲しくないな〜。
撮影が再開されて、さっきのポラロイドを見ながらカメラマンやプロデューサーが直江に指示を出す。
足の置き方だとか、顔の角度だとか、布のシワとか、そういう細かいところまで綿密にアシスタントが直しに行く。
思ったよりも直江の肌が白かったせいで、陰影が強調されるライティングに替えられて、筋肉の凹凸がキレイに見えた。
本当によくここまで肉体改造したもんだ。たった2ヶ月で。プロなんだな。
「かっこいいなあ……」
「ノロケかしら?」
うっかり言った独り言をねーさんに聞かれてしまった。恥ずかしい……。
「でも今日の直江は確かにいつもよりいいんじゃない?俺の生き様を見ろ!って感じね」
股間を、の間違いなんじゃねーのか?とツッコミたかったけどやめた。必要以上に刺激してどーする。
それからは黙ってみんなで直江を見てた。
ねーさんとマリコさんにとってはモデルのタチバナの仕事として。
オレにとっては彼氏の働く姿として。
直江はどこの誰よりも立派に仕事を果たしたと思う。
今この現場だけじゃなく、2ヶ月も前から。後で褒めてやんなきゃな。
撮影が終わって直江がローブを着ながら駆け寄ってきた。
「やっと終わりました!さあ、二人っきりのパリ旅行の始まりです!」
「おつかれさん!」
写真のチェックはねーさんたちに任せて真っ先にオレのところに戻ってきた直江はバカだけど愛しい。
ムギュッと抱かれてブチュッとされてから「2ヶ月間ありがとうございました」と小さい声で言われた。
「美味しいもの食おうな?」
「はい」
オレなんかじゃ到底想像も出来ない直江の2ヶ月間はたぶん辛かったんだと思う。
好きなものも食べないで、疲れてても運動して、寝るヒマ惜しんで仕事を詰めてエステに通って。
一緒に過ごせる時間も減ってたからチューもエッチも少なくて寂しかったってのもあるだろう。
「着替えたら先にホテルに戻っちゃいましょう」
「ねーさんたち待たなくていいのか?」
「もう終わったんですからいいんですよ。あとは向こうのCG処理でどうにでもなりますから」
「じゃ、戻るか」
直江に連れられて控え室に行った。そこで直江はオイルをシャワーで流してから服を着て、誰も見てないからって遠慮なくチューしてきた。
誰にも見せたくないぐらいに色っぽく。さっきの全裸仕事の時よりずっと色っぽくだ。
「じゃあ行きましょうか」
手を繋いでいったんスタジオに戻って挨拶してからタクシーで戻った。
ねーさんたちはまだ仕事が残ってるから居残り。
オレと直江のパリ旅行はこれから始まるんだな〜。楽しみだ〜。
ホテルであったかいインナーを着て準備万端になった直江と買い物の旅に出た。
まずはかの有名なシャンゼリゼ大通りへ。
そこで直江のお腹を満腹に出来るメニューがあるカフェに入って腹ごしらえ。オレはケーキを食った。
これまたケーキがうまいのなんのって。カフェでこの程度なんだからパティスリーに入ったらどれほどうまいんだ?
明日は最低でも2件パティスリーに行こう。
そして買い物。ブランド物なんかいらないけど直江はちょっと買っておきたいらしい。
ほとんど家族へのお土産で、本人は最新デザインのゼニアのシャツとパンツを買ってた。
モデルだからそれなりの流行は押さえておかないと、ってことで。
高耶さんも何か欲しいものは?と聞かれたんだけど、ついこの前今着てるコートを買ってもらったばっかりだから高級なものなんか申し訳なくて言えないっつーの。
それからは若者向けのまあまあ安い店を回った。
シェビニオンてゆうメーカーの服が気に入って直江に何着か買ってもらった。
アメリカっぽいイメージなんだけど、フランス風の……エスプリ?とかゆうのが効いてる服らしい。
野暮ったくなくて好きな感じだったから遠慮なくねだってみた。
オレに何かを買い与えてる直江は幸せそうでニコニコしてる。まるで孫と久しぶりに会った田舎のお祖父さんだ。
おっと、これは内緒な。
次は美弥のお土産を。これはさすがに直江に買ってもらうわけにいかないから自分の小遣いで買う。
親父と母さんにパリ旅行の話をしたら餞別をくれたからそれを使って買ってやろう。
オレっていいお兄さんだよな〜。
「可愛いものをたくさん買ってってやりたいんだけど、いい店知ってる?」
「行ったことはありませんが場所ならわかりますよ」
ヨーロッパでは当然のようにある安くてオシャレな雑貨屋チェーン店があるらしい。
アクセサリーやバッグやマフラーなんかの小物を扱ってて、その姉妹店として洋服屋もある有名なところだ。
いかにも女の子用って感じで入りにくい店だったけど、直江がズンズン入って手招きしてくれたおかげで入る勇気が出た。
店内にはたくさんの小物があるわりにスッキリ整頓されてて見やすかった。
その中でフェルトで出来たバッグを発見。花の形にカットされた別色のフェルトが縫い付けてあって美弥っぽい。
それと小さなシルクのビーズバッグ。財布しか入らない大きさなんだけどパーティーなんかに行く時に使える。
あとはヘアピンとネックレスと刺繍のキレイなポーチと財布と……。
「本当にたくさん買うんですね」
「でもこれで一万円もしないから、あとは免税店で口紅の一本でも買って帰るよ」
「免税店で口紅なんか買うんだったらドラッグストアでパリらしい化粧品をいくつか買った方がいいですよ」
「そーなの?安い?」
「パリの学生の間では定番だそうです」
そんなわけでドラッグストアへ。
ブランド物なんかじゃないけど色やケースが可愛い化粧品がいっぱいあった。
「すげー。直江って何でも知ってるんだな」
「雑誌でよく見るだけですよ」
両手に買い物袋を提げていろんな店を回ってたらもう夜だ。
どの店でも直江は堂々と買い物をして、オレが店員に聞きたいことがあれば全部通訳してくれて、すっごい頼りになった。
希望を言えばどこそこの店にあるってすぐに教えてくれて、遠かったらタクシーに乗るんだけどその時も運転手さんと話したりして、何をやっててもかっこいいんだ。
「荷物でいっぱいになりましたね……今日はこれぐらいにしてホテルに戻りましょうか」
「うん。もう買い物はいいや」
小遣いも残り少ないしな。
「夕飯はどうしましょう?今日はもう食事制限ありませんから豪華にレストランでも行きます?」
「いいな!豪華豪華〜」
そんなわけでとりあえずホテルに戻って荷物を置いた。
「高耶さん、ガイドブック貸してください」
「ん〜」
ガイドブックを広げてオレたちが泊まってるホテルの近所のレストランを探し始めた。
ベッドに座る直江の横にくっついて座って一緒に選ぶ。ようやくパリ気分が出てきたな〜。
「ヌーベルシノワなんてどうですか?」
「なにそれ」
「フランス風の中華料理というか、中華風のフランス料理というか」
「……どっち?」
「中華料理……ですかね」
悩む直江が妙に色っぽくてほっぺにチューした。ついうっかり。
「……そんなことしたら出かけたくなくなりますよ」
「あ、それはヤバいな。腹ペコだもん」
「そうですか……」
ちょとガッカリしてたから、レストランも楽しみだからチューは食べ終わってからにしようって言ってどうにかご機嫌を取った。
レストランに予約の電話を入れると混んでるから9時からなら入れるって。
「9時か〜。あと1時間ちょっとあるなあ」
「ここから歩いて5分程度の店ですからね、出発は10分前でいいでしょう。着替える前にのんびりしましょう」
「……じゃあチューする?」
「します!!」
昨夜もさんざんチューしたけど(エッチもしたけど)今日もたくさんしなきゃな。
なんたってかっこいい直江をたくさん見たんだから、その分オレの彼氏を味わっておきたい。
「高耶さん……」
「ん?」
「このままキスしてたら……その……」
…………ああ、なるほど。したくなるってか。
「我慢だ、我慢。あとでゆっくりさせてやるから」
「すでにだいぶマズイことになってるんですが……」
「……知るか」
1時間後、直江は満足顔で、オレは目をウルウルさせながらレストランに行った。
色っぽくて可愛いですよ、って直江に言われながら。
ツヅク
その2に戻る / その4へ