同じ世界で一緒に歩こう

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パリで待ち合わせ

その4

 
   

 


翌朝、ねーさんから電話が入って目が覚めた。直江はシャワーを浴びてるらしくてベッドにいなかった。

『寝てた?』
「うん」
『あたしとマリコさんは帰るから、あとは二人で楽しんできてね』
「そっか、帰るんだっけ」
『じゃあ直江によろしく』

他にも仕事があるねーさんたちは先に日本へ帰って行った。それを伝えにバスルームに行くと直江がちょうど出てきたとこだった。

「ねーさんたち帰ったよ」
「ああ、そういえば綾子たちもいたんでしたっけ」

ひどい言い草だな。仕事で来たってのに。

チューしてから直江と交代して自分もシャワーを浴びた。3日目だからもう内装のゴージャスさに慣れて快適になってきてる。
鼻歌を歌いながら浴びて、髪を拭きながら直江の元へ。ドライヤーやってもらうために。

「今日はどこへ行きましょうか」
「エッフェル塔と、凱旋門と、ノートルダム寺院と……あとは何かいいところある?」
「クリニャンクールっていうところにアンティークの店がたくさんあるので行っていいですか?」
「いいよ〜」

ドライヤーをかけてもらいつつ今日の予定を決めた。
ああ、直江と一緒にパリか〜。なんて幸せ者なんだ、オレ!

 

 

 

直江はいつもオレを優先してくれるから、一番最初にノートルダム寺院に行った。
知識も何もないオレを案内しながらステンドグラスや彫刻の意味を教えてくれたり、寺院を舞台にした有名な物語を話して聞かせてくれたり。

「ここって結婚式も出来るのかな?」
「教会ですからね、出来ますけど、教区の信者だけなんじゃないでしょうか。日本で言う檀家みたいなもので」
「そっか。日本人てキリスト教のことあんまり知らなくても教会で結婚式するから、そーゆー決まりみたいのわかんないもんだな」
「私も海外に住むようになってから知りましたよ」

ミサですら教区の人以外は入れない教会もあるってことだ。
そう考えると日本の教会は懐が深いよな。

「お祈りぐらいなら誰でも出来ますから私たちもしていきましょう」

教会の中はデリケートだからって、絶対に直江はオレと寄り添わなかった。
ついて来いと言いたげに先を歩くだけ。
直江に倣って礼拝堂でお祈りをした。いつも直江が幸せでいてくれますように、って。

次はエッフェル塔。
エッフェル塔の下の公園にはメリーゴーランドがあるんだけど、その割りにあんまり混雑してないのんびりムードだった。

「高耶さん」
「ん?」
「ほら、あっち」

直江が指を差した方向には男同士のカップルがいた。肩を組んでベンチに座ってた。
本当に公然とカップルらしくしてるんだな〜。

「私たちも手ぐらい繋ぎますか?」
「真昼間から?」
「はい」

いつも家の中で見せる直江の笑顔。それが昼の光の中、しかも屋外で見られるなんて。

「いいよ、手繋ごう」

自然に手を繋いで公園を歩いた。さっき見たカップルだけじゃなくて、他にも数組いた。
オレたちみたいな年齢の離れてるのもいれば、まだ高校生同士みたいなのもいる。
焼き栗を分け合ってる大人のカップルも。

「……あの焼き栗食いたい」
「買ってきましょうか。ここで待ってて」

ベンチで座って直江が焼き栗を買ってるのを眺めた。
パリが似合う男だな。何をしてても様になる。
枯れ木も、芝生も、石畳も、焼き栗の屋台も、直江のための背景みたいだ。

ボーッと眺めてたら栗を買い終わった直江がこっちを見て、別の屋台を指差した。
あそこでも買って来ますから待ってて、って。そっちはコーヒーを売ってる屋台。
見えるように頷いてさらに直江を視線で追った。
フランス人に混ざって並んでると直江の身長は普通かちょっと高いぐらいで、日本にいるより目立たない。
だけど纏ってる空気が違うのかみんな直江を振り返る。中にはタチバナを知ってる人もいるのかも。

「……なんか……」

切ない。
異国なのに違和感なく溶け込む直江。外国語を喋る直江。
オレが知ってる直江なんだけど、知らない直江でもある。

「お待たせしました」

焼き栗とカフェオレを渡されながら直江を見た。いつもの優しい直江だ。

「なんですか、そんなに見て」
「んーん、別に」

渡された袋を開けて栗の皮を剥いたんだけど、なかなかうまく剥けない。イライラしそうになったところに手が伸びてきて、簡単にパキンと音をさせて割った。

「剥いてあげましょうか?」
「……自分でやる」
「そうですか……」

真似をして指で押したら同じように割れた。

「よく栗も食べた?」
「え?ああ、滞在中にですか?寒い時はよく買いましたね。最初は私もうまく剥けなくて、コツを掴むまでに時間がかかりましたよ」
「ふーん。他には何してた?」
「休みの日にはデリカテッセンに行ってサンドイッチを買って公園で昼食を食べたり、暖かい季節はオープンカフェでのんびりしたり、川辺で船を眺めたりしてました」

たぶんそれは一人でもやったんだろうけど、二人でやってたことかもしれない。
こうやって焼き栗を分けて食べたのも、オレだけじゃないんだろうな。
オレの知らない直江の年月か。

「体が温まったらエッフェル塔に上りましょう。今日は晴れてるから景色がキレイですよ」

エッフェル塔には何度行った?
そう聞きそうになったけどやめた。あんまり詮索してもっと切なくなったらヤダ。
直江はいつもと同じく優しいし、オレのこと好きだって目で見てるし、隣りにいると暖かいけど……。

「やっぱりエッフェル塔行かない。直江が行ったことない場所がいい」
「えぇ?」
「どこにする?」
「どうしたんですか?あんなに楽しみにしてたのに」
「どうもしない」

直江が買ってきたカフェオレはいつもマンションで飲んでるやつより苦かった。
全部飲めなくて、直江に残りも栗も押し付けた。
一人で考えて一人で妬いて、バカみたいだけど止まらなかった。

「じゃあオルセーに行きましょうか。あそこは私も行ったことないから」
「あとは?」
「ポンヌフ橋。車で通ったことはあっても歩いて渡ったことはありませんよ」
「じゃあそこも。他には?」
「…………」

ほとんど行ってるのか。そうだよな、3年も住んでたんだもんな。

「郊外ならまだ行ってない場所はありますが……まだ時間ありますし出ましょうか」

フォンテーヌブローとオーヴェル・シュル・オワーズとどっちがいいか聞かれた。
どっちもオレはわからない。ミレーとゴッホとどっちが好きかって聞かれても、どっちもよく知らない。

「高耶さん?」
「…………ちょっと歩こう」

立ち上がった時に大きな溜息が聞こえた。呆れてるのかな。ワガママだらけで落ち込んでるオレに。
泣きそうになりながら歩き出したら腕を強く引かれてさっき座ってた所にドスンと尻から落ちた。
怒られるかも。

でも直江は怒らずに抱きしめた。

「何でも言ってください」
「……別に」
「泣かせるぐらいならワガママいっぱい言ってもらった方がいい。何でも言うとおりにしますから」

背中をポンポン叩かれて、子供相手みたくあやされる。
チューもされて、オレよりも直江の方が切ないみたいな声で何度も高耶さんて呼ばれた。

「いつもちゃんと愛してますから、私にそんな顔見せないで」
「……直江のこと本当にすっごく好きなんだよ。だけど怖くなる」
「どうして?」
「どんどん好きになっていってるから、ほんの小さなことがすごく気になる。直江が知ってる場所にも直江を知ってる人にも、なんにでも過剰に反応して勝手に想像して思い込んで、自分で自分がイヤになるぐらい」
「そういうことですか……」
「もし直江にメーターがついてて、今100だとして110、110から120……200まで上がった次に、199になるかもしれないって思っただけで怖くなる。いつ飽きられるんだろうとか、興味なくすんだろうとか」

抱きついて話した。うまく伝わってないかもしれないけど。

「直江のこと知れば知るほど、オレとの間に埋められない溝や川があるように思える」

それは年月だったり、立場だったり、考え方だったり。

「残念ですが、私にはメーターなんてついていません。ついていたとしても下がることはありません。いつも高耶さんが怖いように、私も怖いんですよ。こうして抱いていても次の瞬間には『おまえなんか嫌いだ』って言って消えてしまうかもしれない。そうならないように必死であなたを繋ぎとめて毎日過ごしてます。だからあなたもそうやってしがみついていてください。離れないように。お願いだから」
「うん……」

埋まらない溝を埋めるぐらいに?

 

 

 

結局自分のワガママが困らせるだけだって思ったから郊外に行くのはやめて凱旋門とオルセー美術館に行った。
直江は誰が見てようがずっと手を繋いでくれたし、狭い場所では肩を抱いていてくれた。
けどそれはオレを宥めるためじゃなくて、直江自身が不安だったから。
手を離したらオレが泣き出して走ってどこかに行ってしまうって思ったから。
オルセーの窓から見えるセーヌ川を見下ろして、直江はオレの手を強く握った。

 

 

「次はどこに行く?」
「一人で行きたいところがあるんですけど、いいですか?」
「え?一人で?」
「待ち合わせは……1時間後にポンヌフ橋の真ん中で」

そう言ってオレが引き止める前に走って行ってしまった。
置いてけぼり?やっぱり呆れられた?

そんなはずないと思いながらセーヌ川の川辺をポンヌフに向かって歩いた。
さっきまで隣りにいた暖かさがなくなって、急にパリの冬の寒さを実感した。
トボトボ歩いてるとポンヌフ橋が見えてきた。

「……もう着いちゃったじゃんか……」

こんな寒い所で何十分も直江を待つのか。たった一人で。バカみたいじゃねーか。
ホテルで待ち合わせした方が良かったんじゃないのか?

「何が離れないように、お願いだから、だ」

嘘つき。

待ち合わせなんかすっぽかして、どっか行っちゃおうかな〜って本気で思ったんだけど、そーゆーわけにもいかないし、パリなんて全然土地勘ないから迷子になってもイヤだし。
しかたなくキョロキョロしてたらパリ市庁舎がそばに見えた。中に入ってまで見るつもりはないけど写真ぐらい撮るのもいいかと思ってそこまで歩いて、あとの残り時間を近くの小さな店を回った。オシャレでもなんでもない普通の生活用品の雑貨屋。
だけどヨーロッパは日本と違って生活用品も洒落たものが多いから少し欲しくて、自分が使えるお土産を物色した。
目に付いたのは鳥の形をした小さな細身の裁縫用ハサミ。金メッキがヨーロッパ風。日本で言う糸切りバサミだ。

「キレイだな〜」

就職してからも使えそうなそれを手に取った。
あとは刺繍糸。クロスステッチ用の糸巻きに巻かれた太い番目の糸で、日本ではなかなかお目にかかれない色が揃ってた。

「そーいえば直江がブックカバーにイニシャル入れて欲しいって言ってたな」

刺繍糸とハサミを買って外に出ると、そろそろ1時間が経つころだって気がついた。
手にした刺繍糸の入った袋を見て、いつも直江のことを考えてる自分がバカみたいに思えた。でもそれはきっとしょうがないことなんだ。
好きだからどうしようもないんだな。こんな気持ちなんてうまくコントロールできなくて当然だ。

置いてけぼりされたけどやっぱり好きだ。早く行って直江に会おう。好きだって言おう。

川と夕焼けを見ながら橋を渡ってると、向こう側から見慣れた男が歩いてきた。直江だ。
少し早足で真ん中に向かって歩けば、直江も同じように早足になる。
嬉しくて駆け出すと直江も駆け出す。
ちょうどピッタリ真ん中の広場で直江と合流した。
合流じゃないか。抱き合ったんだから。

「ごめんなさい、一人にさせて」
「もういい」

直江に抱かれてチューされて、誰の視線も関係なくずっとそうしてた。
そうだな。溝や川が二人の間にあるんなら、橋を架けて渡ればいい。

「高耶さんにプレゼントを持ってきましたよ」
「なに?」
「ワイン。ホテルで飲みましょう?」
「うん。じゃあ、帰ろう」

ちょっと遠いけどホテルまで歩いて帰れる。初日に直江を連れて歩きたいと思ったチュイルリーとカルーゼルの庭園を通って。
ずっと手を繋いで。

 

 

ホテルに戻ってフロントにワインを預けた。
フロントにいたマネージャーらしきお爺さんがブラボーって言ったのを聞き逃さなかった。

「なんでブラボーなんだ?」
「あとで教えてあげますよ」

食事に行くまでの時間でワインを飲みましょうって直江が言うから頭の中クエスチョンマークだらけだったけどOKして、あのワインが部屋に来るのを待ってた。

しばらくしてからワインクーラーに入ったあのワインと、見たこともないぐらい透明でキレイなワイングラスが運ばれてきた。
それを直江が受け取って部屋のソファセットに準備した。

「高耶さん、こちらへどうぞ」
「うん」

直江にエスコートされてソファに座った。王子様扱いだ。

「1時間の間に探すのは大変だったんですけど、走り回って見つけて来ました。エチケットを見て」

エチケット(ラベルのことだ)には『Pont de cristal』って書いてあった。ワインの名前だ。
華やかな絵も描かれてる。

「なんていう意味?」
「水晶の橋」

橋……。
なんだ、直江も同じこと考えたんだ。

「私たちの間に橋を架ければいい。そうでしょう?」
「……うん!」

グラスに注がれる白ワイン。部屋の小さなシャンデリアのライトがグラスに反射してキラキラしてる。
すごくキレイだ。直江がよく見せるオレへの気持ちみたいにキレイだった。

「結婚するカップルが飲むワインです」
「…………」

結婚するカップル……だからマネージャーの爺さんがブラボーって言ったのか。

「結婚してください、高耶さん」
「な、なにをいまさら」
「結婚してください」
「……えーと……う……はい」

恥ずかしくて嬉しくて、笑いながら乾杯した。
好きな気持ちも、不安な気持ちも、全部を共有してる直江と。

 

 

「う〜、帰りたくない〜」
「ダメですよ。帰って松本と宇都宮に行くんですから」
「アデュー、パリ……」
「アデューは二度と会わない相手に言うものです。オルボワール、パリって言わないとまた来られませんよ?」
「オルボワール、パリ!!」

やけくそ。

「さ、行きましょう」

こうしてオレと直江のパリ旅行が終わった。
来た時と同じく飛行機はビジネスクラス。荷物は倍。直江を好きな気持ちも倍だ。

「また来ましょうね?」
「一緒にな」

飛行機の中でもずっと手を繋いで(毛布で隠してたけど)日本に帰った。
直江の仕事も順調に終わったし、二人の絆も深まったし、あとは松本と宇都宮だけ。
がんばるぞ!!直江!!

 

 

 

END



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あとがき

そんな名前のワインはありません。
創作です、創作。
ワインの名前は某曲から頂きました。
パリの描写は半分以上テキトーです。
つまんない話ですいません。