同じ世界で一緒に歩こう

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携帯電話とユーレイと

 
   

 


ふと見ると直江の携帯電話が気になる。
誕生日に買ってやったストラップは今頃は夢の島に埋まってる。
何枚もあったオレとの写真も今の携帯には入ってない。

なんでかって?直江が携帯をぶち壊して捨てたからだ。

今になってムクムクと怒りが湧き上がってくるけど、あの時はオレも悪かったんだし不問に付す。
だけどやっぱり気になる携帯電話。
オレの思い出が詰まったものだっただけに、直江の落胆や動揺はそりゃもう凄まじかった。

「ねえ、高耶さん、また一緒にイチャイチャ写真撮らせてくださいよ」

とか、

「また『ちゅ』って入れたメールください」

とか、

「今度はボイスレコーダー機能が入ってますから目覚まし用の声を録音させてください」

とか、

「GPSでいつでも高耶さんの居場所がわかるようにしたいんです」

とか、とにかく断りたいことばっかり言ってくる。
もちろん全部NOだ。
携帯電話なんてどこかに落としたら他人に見られるものに、そんな声だの写真だのと気軽に入れられるわけがない。
直江はむくれて数時間機嫌が悪かったけど、だからって「仕方ないな」って言えるもんでもないから、こっちが怒り出したら慌てて謝ってきた。

しょうがないから前に携帯ストラップを買ったカバン屋に二人で行って、新しいストラップを買ってやったらニコニコとご機嫌で今度はやけにベタベタし始めた。
道端で、だ。

「いい加減にしろ」
「何がでしょう?」
「外でベタベタすんな。ここは日本だ、日ノ本だ!」
「すいません、つい」

ちょっと前にパリに行ってから直江が外で手を繋いできたりすることが多くなった。
当然だけど拒否だ。わざわざホモですって見せ付けて歩くなんてとんでもない。

「最近冷たくないですか?」
「そんなことねーよ。おまえがおかしいんだろ」
「そうですかねぇ?」

わかってない。重症だな、こりゃ。

「そろそろ頭をヨーロッパから日本に戻した方がいいんじゃねえの?昔の直江だったらオレに気を使って外じゃ絶対にベタベタしなかったのにさ」
「……そういえばそうですね」
「昔に戻ってくれ」
「そういうわけにはいきませんよ。昔よりも今の私のほうがあなたを愛している気持ちが大きくなっているんですから」

まあ、そりゃわかるけどさ。オレだって同じだもんな。
だけどベタベタするのとは別なんだからしっかりしろと言ってみた。

「わかりましたよ。もう外じゃベタベタしません。高耶さんの後ろを歩くようにします」
「後ろを歩けなんて言ってないじゃん。なんでそう極端なんだよ」
「…………」

ああ、またいじけた!!扱いにくいなあ!!

「乙女じゃねーんだからいちいちいじけるな!」
「だって高耶さんが」
「だってとか言うな!ガキじゃあるまいし!」

もう付き合ってらんなくて先を歩いて直江のマンションへ帰ろうとした。
直江はトボトボついてくる。これすらウザい。
しょーがねえなぁ!!

オレは仕方なく直江の隣りに並んで一言言った。

「帰ったらチューだろうがベタベタだろうがしてやるから、今は我慢しろ」
「……たくさんしていいんですか?」
「いいよ」
「はい」

やっと機嫌が直った。なんか最近、オレの方が大人じゃねえ?直江ってばガキ丸出しなんだもんよ。

そこからは普通に仲良く歩いてたんだけど、大通りに出たらすぐ、高校生ぐらいの女の子二人組が直江に気付いて近寄ってきた。
こーゆーことはオレといる時には滅多に起こらない。
直江がいることに気付いてはいても近寄ってくることはほとんどしないのが東京の人だ。
芸能人やモデルがいれば珍しいし近くで見たいけど、相手にもプライバシーがあってせっかくの休日なのに申し訳ないって考えるからだって千秋が言ってた。
人口密集地に長年住んでる人にしかわからない感覚なんだって。

「あの、タチバナさんですよね」
「え、ええ。そうですけど」
「握手してください!」

もちろん中にはそうじゃない人もいるって言ってたけど。
ミーハーだったり、陸の孤島・下町育ちだったり、本当に本当のファンだったり。
今回の女の子は片方がメチャクチャ直江のファンのようだ。痩せてて背が高くて可愛い顔。

「あの、私、タチバナさんに憧れてモデルになろうって思って、今頑張ってるところなんです。高校を卒業したらモデル事務所に入ることになってて」

そーなんだ。モデルになるにはピッタリの体型と顔かも。

「どこの事務所なんですか?」

直江の素朴な質問に彼女はハッキリと某モデル事務所の名前を挙げた。
そこは直江の事務所と同じく、ファッションショーに出るモデルを多く集めてるところで、いわゆる芸能事務所とは違った本格的な会社だった。

「じゃあショーでご一緒するかもしれませんね」
「いつかそうなれるように頑張ります!あ、あの、一緒に写メ撮ってもらえませんか?」

写メ?

「え?」

直江がオレをチラッと見た。高耶さんはいいですか?って感じに。
オレがいいか悪いかなんて決められるものじゃないから好きにしろって目配せをしたら、「いいですよ」っていつものタチバナらしくニッコリ笑って返事をした。

「ありがとうございます!」

一応、彼女の友達も一緒に入りたいらしく、自然とオレがシャッターを押すことに。
携帯を渡されて1枚だけ写メを撮った。
彼女は何度も頭を大きく下げて直江に礼を言った。オレたちも頭を下げてから別れて歩き出した。

「……いつもああして写メとか撮ってんの?」
「ええ。基本的にサインや写真は断らないことにしています」
「なんで?」
「ベッカムがそうしていると知ってからですね。ベッカムが小さいころ、サッカー選手にサインをくれと頼んだら断られて、それがすごくショックだったそうなんです。だから彼は絶対にサインを断らないんだそうですよ」
「そっか」
「現に、彼女は私に憧れて、って言ってたでしょう?それなのに断られたらモデルをやりたい気持ちまで削いでしまうかもしれませんしね」

こーゆーとこは大人でかっこいいんだけど、なんでオレのことになるとガキに戻るんだろうか。

「それに若い人が頑張っているのを見ると、高耶さんとダブらせてしまうもので」
「……へえ」
「なんです、その気のない返事は」
「別に」

直江ってやっぱバカだ。

 

 

マンションに戻ってから自分の携帯を出して見ると兵頭から1件、譲から1件入ってた。
兵頭は正月明けのバイトのシフトについて変更があるからってことを、譲は正月に実家に帰るのかどうかの打診。

まずは兵頭にシフトのこと了解したって返信をした。
譲には……。

「なあ、直江。譲にも話さないといけないよな?」

そうなのだ。
オレは明日、オヤジと美弥にカミングアウトしに実家に帰る。パリで買ったシャネルのネクタイを土産として。
卒業したら直江と同居(同棲または結婚生活とも言うが)すること&直江がオレの彼氏だってことを話すつもりだ。
様子を探ってみて、もしオヤジが大反対しそうだった場合は同居の件だけ話すことになってる。
だからオレとしては絶対に言わなきゃいけないわけじゃないから気楽でもあるし、不安でもある。

「私が松本に挨拶に行くことですか?」
「うん。譲も実家に帰るつもりでいるみたいだしさ」
「そうですね……話しておいていいと思いますよ」
「ん」

まずは譲に電話だ。

『高耶?メール見た?』
「ああ、見た。明日なんだけどさ、オレ、直江と松本帰るんだ。おまえも切符予約してあるんだろ?」
『え、うん。予約はしてあるけど……直江さんも?』
「あ〜……そのな、オヤジと美弥に……直江と同居する話をしなきゃいけなくてさ。まあオヤジも直江とは一回会ってるし、別に絶対にカミングアウトしなきゃいけないわけじゃないし、そう難しく考えることでもないんだけど』

譲は沈黙した。意外な話が出て驚いてるらしい。

『そうか〜……何か協力できることあったらするけど、高耶、大丈夫?』
「なんとか、な」
『わかった。じゃあ明日は別々だね。直江さんはホテルに泊まる……んだよな?』
「そのつもりで部屋取ってるってよ」

譲には同居の話が決着ついたら連絡するってことになった。
だから正月は松本で遊べるかはわからない。遊ぶにしても直江がもれなくついてくるけど。

「あ、そんで、2日からは直江の実家なんだ」
『え?!直江さんの実家?!』
「ああ、そっちはもうほとんど話がついてるらしいから大丈夫……だと思う」
『結婚するみたいじゃん!』
「それに近いよーなもんだ」

大きく息を吸って気持ちを落ちつけてるような音が聞こえた。
確かにそーだよな。男同士のカップルで片方は就職目前のうら若い21歳。
結婚なんて聞き慣れない言葉のはずなのに。

『まあね、高耶が変わるわけじゃないからいいけど……は〜、そうか〜』

複雑な思いは譲だけじゃなく、自分もだったりする。

頑張って、という言葉を貰ってから電話を切った。
横で聞いてた直江は無駄な気合を入れていた。

直江のお兄さんは、オレたちのことを理解してくれた翌日から実家に戻って弟の恋人の話をちょっとずつしたらしい。
3日間ぐらいかけたそうなんだけど、初日に「私も会いましたがいい子でしたよ」と言いながらも、独り言っぽく「しかしなあ」とか「いい子なんだがなあ」と両親に聞かせたらしい。
その時点で両親は「なんだろう?」と疑問を持つわけで。
翌日は「お父さんたちが驚くと困るからアイツには連れてくるなって言っておいた方がいいか」などと不安がらせ、その不安がピークに達した3日目に「実は……」と末っ子の恋人が男の子だと告白したそうだ。

最悪の事態である「性格に問題のある恋人」ではないと(性別に問題はあるけどさ)わかった両親は、もっっのすごい驚いたみたいだけど、モデルやってて独身で、ってゆー直江の生活を考えると
「あいつがゲイでもおかしくはない」という結論に達したらしい。

どうせ反対したって無駄だってのはお兄さんよりも両親がよくわかってたんだって。さすが親だ。
そこからはお兄さんがオレのことをちゃんと話してくれて、もし別れさせようものなら心中する覚悟だってことも伝えて脅しをかけて、実家になかなか寄り付かない末っ子なんだから、これ以上うるさくすると二度と帰ってこないかも、とみんなで予想をつけて(お兄さんの誘導だけど)直江がゲイだってことを受け入れた、と、こーゆーわけだ。

「すでに高耶さんが来る準備をしてるそうですよ」
「準備って?」
「布団だとか、寝巻きだとか。姉ももう戻っているらしいので兄とうまく話を進めてくれています」
「そーなのか。……なあ、オレ、直江んちのどこに寝ることになんの?客間とかあんの?」
「どこでしょうねえ……私の部屋でいいと思うんですけど」
「離れた部屋は不安だぞ?」

このセリフに気をよくした直江はソファの上でオレを抱きながらチューをした。

「甘ったれの高耶さんは一人で寝るのが怖いんだ、って言って、同じ部屋にしましょうか」
「バカ!怖くないっつーの!」
「寺ですよ?幽霊出ますよ?」
「うッ」

嘘だ!って言いたかったけど、嘘じゃないかもしれない。幽霊出るかもしれない。
真っ暗な部屋でパチンとか音がしたり、白いユーレイがボヤ〜って出たりするかもしれない。

「……やっぱ同じ部屋がいい……」
「じゃあそうしましょう。何を言われても同じ部屋で」
「ん」

ついでに同じ布団がいい。直江と離れた布団の中で金縛りになんかなった日にゃ……!

「別棟に客間がありますから、そこにしちゃいましょうね」
「……幽霊出る?」
「墓地には近いです」
「……布団、くっつけて寝る」
「くっつけて私の腕の中、です」
「そーする……」

直江の実家での不安はあんまりないけど、あるとしたら幽霊ぐらいだけど、松本はどうだろうな〜。
美弥はマセてるから大丈夫かもしれないけど、オヤジがな〜。
同居ってだけでも怪しんで反対しかねない。
跡継ぎの息子が、ってたいした家柄じゃないからどうでもいいけど、一人息子が男のものになるんだって考えると残念がるだろうし、気持ち悪いって思うかも。

こんなことなら母さんに先に相談しておきゃよかったかな。

「なあ」
「なんでしょう?」

抱きしめたままうっとりしてた直江はオレの呼びかけにフワフワした返事を首筋に向けて返した。
くすぐったい。

「もしオヤジが大反対したらどうしようか」
「説得する自信はありますよ」
「どーやって?」
「内緒です」

怪しい。何をたくらんでるんだ?

「まあ見ててください。高耶さんは大船に乗ったつもりで私に任せてくれればいいんです」
「泥舟じゃねーの?」
「いいえ。大船です。何があっても沈まない、フローターがついた大きな船です」
「……うーん……まあ、いいけど……」

そのままチューしてたら携帯が鳴った。
出るなって直江は言うけどそーゆーわけにもいかない。

「あ、兵頭だ」
「なんですって?!」
「メールだよ、メール」

ポチポチとボタンを押してメールを開けるとタイトルには「この前の」ってあって、添付ファイルがついてた。
覗き込む直江を牽制しながら添付ファイルを開けると、冬休み前に学校で一緒に撮った写メが。
携帯を機種変した兵頭が「試しに」つって矢崎に撮らせたものだった。
もちろんツーショット。学校での自習風景って感じのやつ。

「……それ、どうするんですか?」
「保存しとくに決まってんじゃん」
「私との写真はないのに?」
「……アホか」

不満そうにしてる男のおでこを携帯でコツンと叩いた。
すぐにいじけそうになったのを制するために一回チューしてやった。

「直江との写真はオレの携帯にちゃんと入ってるんだよ。20枚ぐらいは軽くな」
「は?」
「おまえの携帯には入ってないから忘れてると思うけど、おまえ、オレと写真撮った後に絶対写メ送ってきたじゃん。それ、全部残ってる」
「そうなんですか?!」
「とーぜん」

直江の携帯には入ってないオレとのツーショット。誰にも見られないようにロックをかけて保存してある。

「なんでそれ、今まで教えてくれなかったんですか!」
「聞かれなかったから」
「高耶さん!!」

笑いながら携帯を取り合いした。残らず私の携帯に送ってくださいって言われながら。
泣きそうにまでなって頼む姿が面白くて意地悪して渡さずにいたら、本気になって奪おうとした直江の手と思いっきりぶつかって携帯が床にゴツンと落ちた。

「ああああ!!」

この悲鳴は直江の。

「データが壊れたかもしれない!!」
「まさか」

拾って開けてみたら……液晶がおかしな色になってた。

「そ、そんな〜〜!!」
「マジかよ!」

ところが2秒ぐらいで元に戻った。直江は気付かずにソファに臥せってショックがってる。
そんなに欲しかったのか……。ま、可愛いとこあるよな。

「直江。無事みたいだから写真送ってやる。だから泣くな」
「本当ですか?!」
「うん。全部送るから、今度は携帯壊すんじゃねえぞ?」
「はい〜!!!」

メールは復元しようがないけど、写真は元通り直江の携帯に納まった。
ホクホク顔の直江は一枚一枚を大事そうに保存してた。半泣きで。

「さっきさ、女の子とおまえが写真撮っただろ?あれ、けっこう羨ましかったんだ。素直に言えるっていいなって」
「え?じゃあ、じゃあ高耶さんも……」
「また直江と写メ撮りたい」
「とっ、撮りまくりましょう!全メモリーが高耶さんとの写真で埋め尽くされるまで!」
「そこまでしなくていい!」

バカだけど可愛い直江と一枚だけ写真を撮った。
肩を抱かれて顔をくっつけて。

「いい写真だ……世界中のどこを探してもこんなに素晴らしい写真はありませんね!」
「そーゆーことにしておこう」

けど、ホントにいい写真だと思う。
二人とも楽しそうで、嬉しそうで、愛し合ってて。

「この写真見せたらオヤジもわかってくれそうだよな?」
「きっとね」

携帯をパタンと閉じて、テーブルに置いたのが合図で直江はチューしてきた。
このままずっとチューしていたい。ずっと直江にそばにいてもらいたい。

明日、一緒に松本に行く。
いつまでもあの写真みたく幸せそうに笑っていられるようにするために。

 

 

 

END



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あとがき

カミングアウト前夜祭といった
ところでしょうか。
タイトルつけるのに迷った。