同じ世界で一緒に歩こう

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MANY IMAGES 前編
その1

 
         
   

12月30日、午後5時、あずさ車内。

緊張した面持ちの直江と高耶が並んで座っていた。松本に正月帰省する高耶。直江が一緒にいるのは高耶の父親に同居の話をするためだ。
様子を見ながらカミングアウトするかどうかを決めようということになってはいるが、実際こうしてあずさに乗ると緊張してしまう。

直江も来ると知って美弥が松本駅で待っているはずだ。
それから3人で直江が泊まるホテルに行き、レストランで食事の予定になっている。
高耶の父親は今日まで仕事ということで、直江との対面は明日になった。

「なんて切り出せばいいと思う?」
「同居の理由を聞かれたらでいいんじゃないですか?」
「ダメそうだったらオレが適当に答えておくから、直江は黙っててくれよ?」
「はい」

あずさが松本駅に滑り込んで、ホームに降り立つと寒さが襲ってきた。
この時期の松本はマイナス気温にもなることがある。

「美弥は……あ、いた」
「お兄ちゃん!」

今来たばかりなのか、頬と鼻を赤くしながら手を振る美弥はとても嬉しそうだ。

「お久しぶりです、美弥さん」
「あはは、お久しぶりです〜」
「美弥、悪かったな。寒いとこ来させて」
「へーき、へーき。慣れてるもん。お兄ちゃんこそ東京暮らしが長くて寒さに弱くなってんじゃないの?」
「そーかも」

久しぶりの妹の笑顔に高耶が愛おしそうに笑って頭を撫でた。直江はそばで微笑んでいる。
行くか、と高耶に促され、駅前からタクシーに乗って直江が泊まるホテルに向かった。徒歩でいける距離ではあるが、荷物がある上に外は雪が降りそうな寒さのため、鼻を赤くした美弥をこれ以上屋外にいさせるのは忍びない。

「高耶さんの荷物はどうしましょうか」
「メシ食ったらまたホテルに戻るよ。そっから家に帰ればいいや」

直江はもしものために部屋をツインで取っていた。
何かあったらいつでも高耶が逃げ込めるようにと。

「部屋で少し休んでから夕飯にしましょうね」
「うん」

チェックインを済ませて部屋まで。荷物を置いて備え付けのポットでお茶をいれる。
美弥のかじかんだ指先が赤く染まったのを見て、直江が頬を緩めた。

「美弥さんは何が食べたいですか?ご馳走しますよ」
「ん〜、なんでもいいかなあ」
「高耶さんは?」
「焼肉」

お兄ちゃん図々しい、と美弥に言われて軽く兄妹喧嘩が始まった。
それを見て呆れながらも仲の良い兄妹だと思った。

「焼肉って言われると食べたくなりますね」

美弥と高耶の微笑ましい姿を見ていたら直江も少しの緊張が解けた。
すでにお腹は焼肉の準備をしている。

体が温まったところでホテルを出て、繁華街の焼肉屋へ向かった。今度は徒歩で。
店についてすぐに高耶がトイレに向かったのを確認し、美弥が切り出した。

「バッチリですよ、直江さん」
「メールで聞いていたより状況は良さそうですか?」
「はい。もうお母さんを通したらスムーズに行きました」

実は直江、美弥とメールで連絡を取り合っていた。
直江の家族に高耶との同居を承諾してもらった後すぐに、美弥から以前貰った名刺を頼りにメールを出した。
美弥と画策して、松本へ来る前に高耶の父親を説得してもらうつもりで。

「お母さんに最初に話したんです。そしたらお母さん、なんとなく気が付いてたって言うから、協力してもらうことにして、お父さんに電話かけてもらったんです」

高耶が入院した際に直江が病室にいた時点で「もしかしたら」と思ったそうだ。
母親は勘がいいと言うが、まさにそれだ。そして息子がどんな形で恋愛をしようと、本人の幸せを一番に考えるものだ。

「そしたらね、お父さん最初はビックリして何日か悩んでたんだけど、決心ついたのか美弥に話してきたんです。お母さんに『私たちが愛情をうまく注げなかったから、優しくしてくれる直江さんを好きになったんじゃないかしら』って言われたんだ、って。だから高耶が好きな人なら男でも受け入れようと思うって。自責の念、てゆうのかな?お兄ちゃんが直江さんと付き合ってるのも、同居するのもOKだって」
「ありがとうございます。何から何まで」
「ううん。お兄ちゃんを一番大事にしてくれるの、直江さんだってわかるから美弥もそうなって欲しくてやっただけです」

父親として高耶に引け目があるのを直江が利用した形にはなったが、まずは付き合いを許してもらえれば後は幸せにする自信がある。
どんなことが起きても高耶だけは幸せにする決心がついている。

「でもお兄ちゃんにバレたら怒るから、明日は知らないふりして普通に同居の話を切り出してくださいね。お父さんももう了解してるから」
「はい」

そこで高耶が戻ってきた。同時に飲み物も運ばれ、3人で再会の乾杯をしてから満腹になるまで食べた。

 

 

同日午後9時、ホテルのロビー。

「んじゃ、直江。明日、午後イチで来いよ?」
「はい」
「昼飯作って待ってるから」
「正午ピッタリに行きますよ」
「ん」

キスできずに別れるのは珍しいことだ、と思いながら高耶を送り出し、部屋に戻った。
明日は正午に高耶の実家に行き、家族のお昼ご飯に同伴させてもらう。
その後、大晦日ということもあり、仰木家のお正月準備の買い物や室内、室外の飾り付けを手伝う予定だ。

明日着ていく服を出してプレス機にかける。
大事な話をしに行くのだからスーツがいいかと思ったが、手伝いをすることを考えるとスーツは不向きだ。
高耶の見立てで嫌味のない白いシャツと、襟ぐりが大きく開いた黒いセーターと、少しだけゆったりめのコーデュロイのパンツにした。上着は今回ムートンのハーフコート一着しか持ってきていない。

「大丈夫か、こんな服で……高耶さんを貰いに行くというのに……」

高耶は「服装なんか気にしない親父だからいいんだよ」と言っていたが、なんとなく気になる。
せめてネクタイでも、と思ったが止められた。

「あ、忘れるところだった」

カバンの中からシャネルの袋に入ったネクタイを取り出した。
フランス土産として高耶の父親に直江が買ってきたものだ。一応、二人から、ということにして渡す。
忘れないようにデスクの上に置いて、しばらく眺めた。

簡単に「いつか同居を」と話していたころと違って、今は同居のための準備を色々とやっている。
今回の挨拶回りもそのひとつ。
まだ早いとは思うがマンションの客間を高耶の部屋として使えるように家具の買い替えや配置換えの手配、玄関の靴箱の整理、クローゼットの整理、もう一台入る電話のための回線工事や、高耶の就職先に提出する書類の準備、など。

高耶と出会ってからの2年間を思い巡らせ、これからの生活を夢に見て、直江はしばらく感慨にふけった。

「ほとんど結婚だからな……まさか自分にこういう日が来るとは……」

幸せに心を膨らませて大きな溜息をついた。
全部吐き出してからふと思い出す。

「……クローゼットの奥のものを捨てなければ……」

昔の女が置いていった服だの下着だのを。
取っておいたわけではなく、高耶がしょちゅういるため捨てる機会をなくして隠したものだ。

「どうにかバレないように片付けないとな……」

 

 

 

同日同刻、仰木家。

「あれ?オヤジ、帰ってたんだ?」
「お、おう、高耶。おかえり」
「?……ただいま」

なんとなく父親の様子がおかしいような気がしたが、美弥がフランス土産を出せと言ってきたのでそちらに気が向いた。

「うわ〜!超可愛い!これバッグ?フェルトで出来てるんだ〜!お父さん、見て見て!」
「おお、いいじゃないか。高耶もセンス良くなったな」
「元からいいんだよ」
「で、俺にはないのか?」
「あ、明日でいい?直江が持ってるんだ」

父親には直江も一緒に松本に来ることを話してある。「あいつヒマなんだって」と。

「な、直江さんが持ってるのか。そうか。明日が楽しみだな。はははは」
「……???」

やっぱり態度がおかしい。
息子が帰ってきたのがそんなに気まずいのか、と一瞬疑ってしまった。

「そうだ、高耶。フランスの土産話でも聞かせてくれ」
「うん……いいけど」

そこからは高耶のフランス土産話になった。
言った場所や、直江のやった仕事や、食べたものを思い出しつつ話すと、一度パリへ行ったことのある父親は懐かしそうに聞いていた。

「新婚旅行で行ったんだ。母さんとセーヌ川ぞいを歩いて、ポンヌフ橋で景色を眺めて」
「……オレも行った、そこ」

直江と抱き合ってしまった橋に、若いころの両親が行っていたとは思いもよらなかったが、そこへ行けたことを高耶は嬉しく思った。
両親の思い出の場所でもあるそこへ。

「じゃあ美弥だけ行ってないってこと?ずる〜い、美弥も絶対行くもん」
「そうだな、そのうち高耶に連れて行ってもらえ」
「いいね!お兄ちゃんよろしく!」
「……何年後になるかわかんないけどな」

しばらくパリの話で盛り上がり、持ってきた写真を見せたりしていた。

「明日なんだが、直江さんはいつ来るんだって?」
「正午つってた。直江のことだからピッタリに来ると思う」
「そうか……」
「なに?」
「いや、なんでもない。じゃあ俺は寝るから。おまえたちも早く寝るんだぞ」
「はーい」

父親が奥の部屋に入ってしまうと美弥は土産物を整理するからと言っていなくなってしまった。
取り残された高耶も久しぶりの自室で寝ることにした。

「あ……押入れの奥のエロ本捨てなきゃ……。あいつが引越しの手伝いに来る前に」

もし直江がアレを発見してしまったら、とんでもなく嫉妬するに違いない。2年前の物だと言っても信じてくれるかわからない。
嫉妬の後に待っているものを想像したら顔が火照ってしまった。

「う〜、毒されてんな……」

明日、直江が父親に会いにくる。
そういうこともしています、と発表するようなものだ。

「こえ〜」

眠れなくなってしまうので別のことを考えた。
きっと幸せな日々が待っているであろう4月のことを。

 

 

 

12月31日、正午、仰木家。
直江は正午前に高耶のいる団地のそばまでやってきた。地図どおりに歩いて、仰木家のある302号室へ。
腕時計を見て正午ピッタリなのを確認すると、ドアベルを押した。
古い団地なのか、インターフォンにはなっておらず、中から高耶の声がしてドアが開いた。

「こんにちは」
「おう、直江。入れ」
「お邪魔します」

中からはいい匂いが漂っている。高耶がいつも作る料理の匂いだ。

「トン汁ですか?」
「そう。おまえ鼻いいな」
「高耶さんのお料理ですからね」

誇らしげにしている直江を迷惑そうな顔で見るが、本心は恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになっている。

「もうすぐ出来るから、コタツ入って待ってて」
「はい」

きちんと靴をそろえてから初めての仰木家の食卓へ行くと、すでに父親が座って新聞を読んでいた。
実際は直江を前にどうしていいかわからず、内容など頭に入らないまま新聞を読むふりをしているだけだが。

「お久しぶりです」
「あ、ああ、直江さん……久しぶりです。あー、今日はその……よろしくお願いします……」
「こ、こちらこそ。図々しくお呼ばれしてしまいすいません。あの、あとでちゃんとご挨拶いたしますので……」

美弥を通して二人の間ではすでにすべて了解している。
どちらも複雑な思いを隠せないまま向かい合わせに座って、どうでもいい世間話をしてると、場を和ませる声がした。

「あ、直江さん、いらっしゃい。ゆっくりしてってくださいね」
「はい」

あまりゆっくりしたくはない話をしに来ているのだが、と直江は内心突っ込みを入れた。
それから美弥がずっと一人で今日の買い物の話をし始めたので二人とも半分上の空で聞いていた。

「出来たぞ〜。美弥、手伝って。親父、新聞片付けろよ」
「は〜い」
「あ、私も手伝います」
「直江はお客さんなんだから座ってていいよ」

立ち上がりかけたのを制されてまた父親と二人で座ることになってしまった。
いくら了解があるからといっても多少の気まずさは隠せない。

高耶と美弥の手でこたつの上に皿を並べられて食卓が整った。

「いただきま〜す」

さっそく美弥がおかずに箸を伸ばして「おいしい〜!」と高耶の料理を褒める。

「お兄ちゃん、料理うまくなったねぇ。ちゃんと自炊してんだね」
「当たり前だ。ほとんど毎日自炊してりゃうまくもなるだろ」

主に会話は若者2人の間でなされている。直江は褒めちぎりたいのを我慢して静かに、しかし旺盛に胃袋を満たしていっている。
高耶の父親も同じく静かにだが、高耶の料理の腕前に驚いていた。

「成長したもんだなあ」
「3年間だからな」

温かい食事で雰囲気が和やかになっていく。自然と直江も父親と話せるようになった。
話題の中心といえば昨日高耶から聞いたばかりのパリ旅行の話で、高耶からは聞かされなかった直江の仕事内容については興味を持って聞いてきた。

「香水の宣伝ポスターなんだって?」
「ええ。新製品で、オリエンタルなイメージということで話が来まして」
「どんなポスターになるんですか?」

今ここで「全裸です」と答えていいものか悩んで、高耶に目配せをすると話を引き取ってくれた。

「それはまだ企業秘密ってやつだよ。なんたって世界的規模のものだからな」
「世界規模?!」
「各国の主要都市だったらほとんど出回るんじゃないかな?あとは地方都市も少しぐらいは。こう見えても直江は有名なモデルなんだから当然だろ」

こう見えても、に引っかかったがとりあえずにこやかにしていた。いったい高耶には直江はどう見えているのだろうか。

「そうか……有名な人がこんな家で昼飯食ってると思うと不思議だな」
「オレなんかいまだに実感ないよ」

ちょっと苦笑いになってしまうが、それでも笑顔を絶やさずにいた。

和やかに昼食は終わり、話の切り出しとして直江がお土産のネクタイを出した。

「これ、高耶さんと私から、お父さんにお土産です」
「シャネルじゃないか。いいんですか、こんな高価なものを」
「ええ。お父さんに似合うと思って高耶さんが選んだんです。ですからもらってください」
「ありがとうございます」

直江と高耶の二人を交互に見て、頭を下げた。高耶には特に嬉しそうな顔をしてみせながら。
包装紙を開けて首に合わせて見せるとその場の全員が似合うと言った。お世辞ではなく、高耶の父親なだけに顔は男前である。似合わないはずがない。

「お父さん、それ似合うね!今度それして美弥とご飯食べに行こうよ!」
「それもいいな。高耶、直江さん、本当にありがとう」
「いいって。3年間ずっと仕送りしてくれたお礼みたいなもんだから」

照れ隠しにそう言う高耶を我が子として愛しいと思ったのか、目頭が熱くなっている。

「そんでさ、オレ、就職するじゃん。そしたら今度は美弥の学費とか仕送りするから」
「奨学金を返しながらだと辛くないか?」
「うん、それもあるんだけど……ええと、だから……直江の家に住むことにした」


 

 

ツヅク


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直江、初松本。