同じ世界で一緒に歩こう 50 |
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12月30日、午後5時、あずさ車内。 緊張した面持ちの直江と高耶が並んで座っていた。松本に正月帰省する高耶。直江が一緒にいるのは高耶の父親に同居の話をするためだ。 直江も来ると知って美弥が松本駅で待っているはずだ。 「なんて切り出せばいいと思う?」 あずさが松本駅に滑り込んで、ホームに降り立つと寒さが襲ってきた。 「美弥は……あ、いた」 今来たばかりなのか、頬と鼻を赤くしながら手を振る美弥はとても嬉しそうだ。 「お久しぶりです、美弥さん」 久しぶりの妹の笑顔に高耶が愛おしそうに笑って頭を撫でた。直江はそばで微笑んでいる。 「高耶さんの荷物はどうしましょうか」 直江はもしものために部屋をツインで取っていた。 「部屋で少し休んでから夕飯にしましょうね」 チェックインを済ませて部屋まで。荷物を置いて備え付けのポットでお茶をいれる。 「美弥さんは何が食べたいですか?ご馳走しますよ」 お兄ちゃん図々しい、と美弥に言われて軽く兄妹喧嘩が始まった。 「焼肉って言われると食べたくなりますね」 美弥と高耶の微笑ましい姿を見ていたら直江も少しの緊張が解けた。 体が温まったところでホテルを出て、繁華街の焼肉屋へ向かった。今度は徒歩で。 「バッチリですよ、直江さん」 実は直江、美弥とメールで連絡を取り合っていた。 「お母さんに最初に話したんです。そしたらお母さん、なんとなく気が付いてたって言うから、協力してもらうことにして、お父さんに電話かけてもらったんです」 高耶が入院した際に直江が病室にいた時点で「もしかしたら」と思ったそうだ。 「そしたらね、お父さん最初はビックリして何日か悩んでたんだけど、決心ついたのか美弥に話してきたんです。お母さんに『私たちが愛情をうまく注げなかったから、優しくしてくれる直江さんを好きになったんじゃないかしら』って言われたんだ、って。だから高耶が好きな人なら男でも受け入れようと思うって。自責の念、てゆうのかな?お兄ちゃんが直江さんと付き合ってるのも、同居するのもOKだって」 父親として高耶に引け目があるのを直江が利用した形にはなったが、まずは付き合いを許してもらえれば後は幸せにする自信がある。 「でもお兄ちゃんにバレたら怒るから、明日は知らないふりして普通に同居の話を切り出してくださいね。お父さんももう了解してるから」 そこで高耶が戻ってきた。同時に飲み物も運ばれ、3人で再会の乾杯をしてから満腹になるまで食べた。
同日午後9時、ホテルのロビー。 「んじゃ、直江。明日、午後イチで来いよ?」 キスできずに別れるのは珍しいことだ、と思いながら高耶を送り出し、部屋に戻った。 明日着ていく服を出してプレス機にかける。 「大丈夫か、こんな服で……高耶さんを貰いに行くというのに……」 高耶は「服装なんか気にしない親父だからいいんだよ」と言っていたが、なんとなく気になる。 「あ、忘れるところだった」 カバンの中からシャネルの袋に入ったネクタイを取り出した。 簡単に「いつか同居を」と話していたころと違って、今は同居のための準備を色々とやっている。 高耶と出会ってからの2年間を思い巡らせ、これからの生活を夢に見て、直江はしばらく感慨にふけった。 「ほとんど結婚だからな……まさか自分にこういう日が来るとは……」 幸せに心を膨らませて大きな溜息をついた。 「……クローゼットの奥のものを捨てなければ……」 昔の女が置いていった服だの下着だのを。 「どうにかバレないように片付けないとな……」
同日同刻、仰木家。 「あれ?オヤジ、帰ってたんだ?」 なんとなく父親の様子がおかしいような気がしたが、美弥がフランス土産を出せと言ってきたのでそちらに気が向いた。 「うわ〜!超可愛い!これバッグ?フェルトで出来てるんだ〜!お父さん、見て見て!」 父親には直江も一緒に松本に来ることを話してある。「あいつヒマなんだって」と。 「な、直江さんが持ってるのか。そうか。明日が楽しみだな。はははは」 やっぱり態度がおかしい。 「そうだ、高耶。フランスの土産話でも聞かせてくれ」 そこからは高耶のフランス土産話になった。 「新婚旅行で行ったんだ。母さんとセーヌ川ぞいを歩いて、ポンヌフ橋で景色を眺めて」 直江と抱き合ってしまった橋に、若いころの両親が行っていたとは思いもよらなかったが、そこへ行けたことを高耶は嬉しく思った。 「じゃあ美弥だけ行ってないってこと?ずる〜い、美弥も絶対行くもん」 しばらくパリの話で盛り上がり、持ってきた写真を見せたりしていた。 「明日なんだが、直江さんはいつ来るんだって?」 父親が奥の部屋に入ってしまうと美弥は土産物を整理するからと言っていなくなってしまった。 「あ……押入れの奥のエロ本捨てなきゃ……。あいつが引越しの手伝いに来る前に」 もし直江がアレを発見してしまったら、とんでもなく嫉妬するに違いない。2年前の物だと言っても信じてくれるかわからない。 「う〜、毒されてんな……」 明日、直江が父親に会いにくる。 「こえ〜」 眠れなくなってしまうので別のことを考えた。
12月31日、正午、仰木家。 「こんにちは」 中からはいい匂いが漂っている。高耶がいつも作る料理の匂いだ。 「トン汁ですか?」 誇らしげにしている直江を迷惑そうな顔で見るが、本心は恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになっている。 「もうすぐ出来るから、コタツ入って待ってて」 きちんと靴をそろえてから初めての仰木家の食卓へ行くと、すでに父親が座って新聞を読んでいた。 「お久しぶりです」 美弥を通して二人の間ではすでにすべて了解している。 「あ、直江さん、いらっしゃい。ゆっくりしてってくださいね」 あまりゆっくりしたくはない話をしに来ているのだが、と直江は内心突っ込みを入れた。 「出来たぞ〜。美弥、手伝って。親父、新聞片付けろよ」 立ち上がりかけたのを制されてまた父親と二人で座ることになってしまった。 高耶と美弥の手でこたつの上に皿を並べられて食卓が整った。 「いただきま〜す」 さっそく美弥がおかずに箸を伸ばして「おいしい〜!」と高耶の料理を褒める。 「お兄ちゃん、料理うまくなったねぇ。ちゃんと自炊してんだね」 主に会話は若者2人の間でなされている。直江は褒めちぎりたいのを我慢して静かに、しかし旺盛に胃袋を満たしていっている。 「成長したもんだなあ」 温かい食事で雰囲気が和やかになっていく。自然と直江も父親と話せるようになった。 「香水の宣伝ポスターなんだって?」 今ここで「全裸です」と答えていいものか悩んで、高耶に目配せをすると話を引き取ってくれた。 「それはまだ企業秘密ってやつだよ。なんたって世界的規模のものだからな」 こう見えても、に引っかかったがとりあえずにこやかにしていた。いったい高耶には直江はどう見えているのだろうか。 「そうか……有名な人がこんな家で昼飯食ってると思うと不思議だな」 ちょっと苦笑いになってしまうが、それでも笑顔を絶やさずにいた。 和やかに昼食は終わり、話の切り出しとして直江がお土産のネクタイを出した。 「これ、高耶さんと私から、お父さんにお土産です」 直江と高耶の二人を交互に見て、頭を下げた。高耶には特に嬉しそうな顔をしてみせながら。 「お父さん、それ似合うね!今度それして美弥とご飯食べに行こうよ!」 照れ隠しにそう言う高耶を我が子として愛しいと思ったのか、目頭が熱くなっている。 「そんでさ、オレ、就職するじゃん。そしたら今度は美弥の学費とか仕送りするから」
ツヅク
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直江、初松本。 |
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