同じ世界で一緒に歩こう

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MANY IMAGES 後編
その1

 
         
   

1月2日、午後1時、宇都宮駅。

直江の実家だ。とうとう来ちまった。
緊張するオレの脇にはちょっと腑抜けた直江がいる。久々の実家で気を抜いてるみたいな顔して。
今からオレを紹介するってのに心配だよ。

少し懐かしさもあってポケッとしてる直江。そーいやオレと出会ってから実家に帰ったって話を聞いたことないんだけど、もしかして一回も帰ってなかったり?
だとしたらとんでもない親不孝者だ。

「いつぶり?」
「……2年ぐらいでしょうか」

やっぱり!!いくら忙しいつっても2年はひどいだろ!

「親不孝だな」
「反省してます」

本当に反省してるみたいだからそれ以上は言わなかった。

「ここからどうやって行くんだ?」
「うちはちょっと遠いんですよ。タクシーに乗らないと」
「バスとかないの?」
「ありますけど、バス停から歩いて坂道で30分ぐらいかかります。この荷物で30分は厳しいですよ」

東京から持ってきたカバンの他に松本で大量に買ったお土産。
これを二人で両手に抱えて坂道を30分はアスリートだって難しいかもな。

タクシー乗り場で捕まえたタクシーのトランクに荷物を載せて、「光厳寺へ」と言うとすぐにわかってくれたようだった。

「有名な寺なのか?」
「そこそこ有名ですよ。山の中腹にあって行きにくい、って」

それ以外で有名になるところのない寺なのかよ。
聞いてみたら敷地が少し広いだけで重要文化財などがあるわけでもないからってさ。

「山寺か」
「そこまで山ってわけでもないですけどね」

天狗みたいな格好の修行僧がいるのかな?五重塔はあるのかな?

「……何を想像してるのか予想はつきますが、そんなものありませんし、いませんよ」
「なんでわかったんだ」
「なんとなくです」

寺ってあんまり行ったことないからわからないけど、オレが知ってる坊さんのイメージっつーとおっかない、ってのがある。
もしかしたら直江のお父さんもすっげーおっかないかも?

「怖くないですよ。普通の僧侶で、普通の家庭です」

オレの勘違いをひとつひとつ訂正してもらってる間に直江の家、というか寺に着いた。
門の前で停めて支払いをして降りてみると。

「……これ?」
「ええ。これです」

オレの目の前にあるのは山門。しかもその先はなが〜い階段が続いてて、さらにその奥は森になってる。

「これ登るのかよ!マジで?!」
「タクシーで行ける裏門がもっと上にあるんですけどね。私の大事な人を連れてきたわけですから、正門から入らないといけないような気がして」
「そんなの直江の思い込みじゃねえか……ったく使えねえな……」

なんでこんな山道みたいな階段を登らないといけないんだよ!
裏口までタクシーで行けるならそっちでいいじゃんか〜!!殺す気か!!

「使えないって……使えないって……」

しかも直江は「使えない」って言っただけでこの落ち込みようだ。冗談もわかんねえのか!!
って、半分は冗談じゃないけどな。

「ああ、もう!たった一言でウジウジすんな!ほら、登るんだろ!」
「はい……」

ものすごい怖い顔をしてゼーゼー言いながら登りきった。久しぶりに何かをやり遂げた気分になるぐらい長い階段。
直江も酸欠になりそうだった。こんなに長い階段だったか?とか荒い息の下で言ってた。自分ちのくせに。

「つ……ついた……」
「まずは……こちらへ……」

二人で息を切らして本堂の前へ。
正月なのに参拝者はいない。本堂の扉も閉まってる。どうしてか聞くと普通の寺はこんなもんだって。
大きくて有名な寺だとたくさんの客が来たり、厄除けの御祓いなんかもやってるらしいけど。

「一応ね。お寺の基本ですから」
「手、合わせるだけでいいの?」
「はい」

手を合わせて瞑目していると背後から聞き覚えのある女の人の声がした。

「あら、もう来てたの?」
「姉さん」

年末から来てたってゆう直江のお姉さんがそこにいた。

「誰か来たみたいだってお父さんが言うから出てみれば、あんたたちだったのね。宇都宮駅から電話してくると思ったのに」
「正月ですから、みんな昼から酒を飲んでいると思ってたんですよ」
「……そういえばそうね」

どうやら車を運転できる人間は全員酒を飲んでるようだった。直江の家系は酒好きなのか?
あ、やべ。挨拶しなきゃ!

「明けましておめでとうございます、お姉さん」
「おめでとう、高耶くん。みんな揃ってるけど、大丈夫?」
「たぶん……覚悟してきたし……」
「誰がいるんですか?」
「誰って、全員に決まってるでしょう?みんなあんたの恋人が来るのをビクビク……じゃなくて、楽しみにして待ってるわよ」

全員……?てことは?
長男夫婦とその子供たち?
次男夫婦とその子供たち?
長女夫婦とその子供たち?
そして両親?

「そんなにいるんですか……」
「仕方ないでしょ。私と照弘兄さんは説得要員だし、義弘兄さんはここに住んでるんだし」
「高耶さん……大丈夫で……」

大丈夫なわけがない!!予想はしてたけど一家が揃ってるなんて思ってなかったっつーの!
どうしよう!晒し者じゃん、オレたち!!

「か、帰っていい……?」
「ダメですよ。何しに来たんですか」
「だって……」
「大丈夫よ。子供とお母さん以外は酔っ払ってるから」

そーゆー問題じゃないっす、お姉さん!
酔っ払ってたってそんな人数じゃ緊張しちまって動けねえよ!直江家総メデューサ状態じゃねえか!

「覚悟してきたんでしょ?さ、行くわよ」
「いいいいい〜?!」

お姉さんに腕を取られてズルズル引っ張られて直江家の玄関へ。
直江はオレたちの後を全部の荷物を抱えて泣きそうになってついてきた。

「おかーさーん、バカ息子が帰ってきたわよ〜」

高耶さんの前でバカ息子はないでしょう、と直江が言ったらお姉さんが一睨みした。やっぱメデューサだ。
直江は引きつった笑いを浮かべて立ち尽くしてしまった。そりゃそうだ。ここで味方を失うわけにいかないからな。
どうにか立ち直って静かに荷物を下ろした。

「あらあら、いらっしゃい〜」

出てきたのは直江が言うようなシルバーなお母さんじゃなく、けっこうキレイで若々しいお母さんだった。
しかも直江に似てるから雰囲気が柔らかい。

「ただいま、お母さん。……どうしたんですか、そんな着物着て……らしくない……」

らしくない??

「お母さん、この子が高耶くん」

お姉さん!いきなりそんな紹介の仕方でいいんすか!オレまだ心の準備が!!

「はっ、はじめまして!」
「そんなに緊張しなくていいのよ。さあさ、入ってちょうだい」

……お母さん、直江を無視してないか?

「お母さんたらね、可愛い男の子が来るからって若い頃の着物出したりお化粧念入りにしたりして大変だったのよ」
「だってねえ、冴子が可愛い可愛いって連呼するものだから……孫もかっこいいお兄ちゃんだって言うんですもの」
「え、えっと……その……」

嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、なんなんだ、その評価。可愛い男の子って、まるで直江みたいな言い方……。
ああ、そうだった!直江の家族だもんな!そういう評価でもおかしくないよな……。
ちょっとどころかすっげー恥ずかしいんだけど……。

「お母さん、姉さん、私を無視して何を盛り上がってるんですか」
「あら、ごめんなさい。いたのね。おかえりなさい」
「ただいま……2年ぶりの息子を冷たく出迎えてくれてありがとうございます」
「どういたしまして」

直江は絶対にお母さん似だ。興味ないと平然と無視するとこなんか特に。

「一度部屋に荷物を置いてから居間に行きますから。お母さん、部屋は別棟でいいんですよね?」
「ええ、全部用意してありますよ」

お土産だけ渡して玄関に上がった。別棟ってぐらいだから外から出入りするのかと思ったら、母屋から渡り廊下で繋がってるんだって。とにかくでかい家だ。

「こっちですよ」

長い廊下を歩いて進むと、日本家屋でよく見かける渡り廊下があった。風流ってのか?そんな感じ。
橋になってる廊下を渡るとそこに障子と襖で仕切ったお座敷が。旅館みたいにお膳もあるしテレビもある。

「ほえ〜」
「お客さん用の部屋なんですよ」
「なあ、襖の向こうも部屋?」
「ええ、あちらは墓地側なので、幽霊が怖い高耶さんのために仕切ってます」
「……う……」

幽霊は怖いけど、母屋で直江と離れ離れになって寝るのはもっと怖い。いろんな意味で。
荷物を置いてコートを脱いで、直江に服装チェックをしてもらった。
今日は出来るだけ真面目に見える服装を選んできたんだけど、大丈夫かな?

「どこもおかしくありませんよ。高耶さんだったら何を着ても似合いますしね」
「……そーゆーセリフを家族の前で言うなよ……?」
「気をつけます」
「信用できねえ……」

まあいいじゃないですか、なんて頬を上気させながら言われた。ちょっと今日の直江はテンション高いかも。
心配だな〜。

「さ、行きますよ。覚悟はいい?」
「おう!って言いたいところだけど、すっごい緊張してる」
「気楽にね。全員高耶さんのこと歓迎してるみたいですから」
「……どうだろ……」

さっきお姉さんがビクビクしながら、とか言ってなかったか?

「大丈夫」

いつもみたいにチューされて抱きしめられて背中を叩いてもらったら、少しだけ緊張がほぐれた。
直江がそばにいれば何だって大丈夫、って思える。まあ、おかしなことを言い出さないか不安ではあるが。

「行きましょうか」
「ん」

肩を抱かれてまた母屋に。
人の笑い声がどんどん近くなってきて、絶対にここが居間だとわかる部屋の前に立った。
直江の目を見て頷くと、ゆっくりと襖を開けた。

「ただいま帰りました。ご無沙汰してます」

そう直江が言ったとたんに注がれる視線。大勢がオレを見てる。

「いらっしゃい、高耶くん」
「お邪魔します!」

あのお兄さんが笑顔で歓迎してくれてる。あの、お兄さんが。嘘みたい。
酔っ払ってるから、かな?

「こっち座りなさい。子供たちは別の部屋で遊ばせているから、今のうちに紹介しておくよ」
「ちょっと待ってください、兄さん。私が紹介するんですよ」
「ああ、そうだったな。すまん、すまん」

やっぱ酔っ払ってるみたいだ。
緊張で息が苦しいままもう一回頭を下げて新年の挨拶をして、顔を上げた。

「仰木高耶さんです。私の……人生の伴侶です」
「なっ」

そんな言い方するなんて聞いてねえぞ!!伴侶って!!

「おっ、仰木高耶です!よろしくお願いします!!」

顔を真っ赤にしてまた頭を下げた。こんな状況、どうやってやり過ごせばいいかわかんないよ!
しかも直江は人生の伴侶なんて言い方するし!恥ずかしいわ、恐縮するわで気がおかしくなりそうだ!

「高耶さん、こちらが両親です。で、こちらが長男夫婦、そして……」

直江は次々紹介してくれたけど、オレの頭は沸騰状態。いちいち「よろしくお願いします」と言うだけで精一杯だ。

さっきのお母さんは優しかったけど、お父さんは何も言わないからちょっと怖い。
他のお兄さんたちは笑顔で迎えてくれるんだけど、お父さんだけ無表情だ。

「4月から……というか3月下旬から同居しますので、みなさんよろしくお願いします。あまり高耶さんをいじめないでくださいね」
「いじめたら怒るだろうが、おまえが」
「ええ、怒りますよ。乗り込んで家の中をメチャクチャにしてやります」

そんなノロケとも冗談ともつかない直江の言葉すらきちんと頭に入ってなかった。
思った以上に緊張するな。よく直江はウチに来るの耐えたもんだ。

「お腹すいたでしょう?たくさん食べてちょうだいね」
「は……はい……」

空腹なんか感じないほど胃が縮み上がってる。
ああ、これちょっとオレには耐えられない状況だよ〜。

「な……なおえ……」
「大丈夫でしょう?みんな歓迎してくれてますよ?」
「う……うん……」

でもお父さんは相変わらず無表情。なんで?やっぱ反対なわけ?

 

 

1月2日、午後3時、直江家。
1時間ぐらい一緒にメシ食って(ほとんど食えなかったけど)今後のことなんかを質問されてたら、襖が開いて見たことある顔が覗いた。

「お兄ちゃん!」

それは直江の姪っ子。お姉さんとこの上の女の子だ。
以前直江と一緒に預かったことがあるから懐かしくて、可愛くて、緊張も少し取れて、救いの女神に見えた。

「お兄ちゃんだ〜!ねえねえ、しゅんくんは?!」

しゅんくん、てのはオレのオヤジ違いの弟。
直江の姪っ子に異常に気にいられてホントの兄妹みたいになってたほど。

「俊介は今日はいないんだ。ごめんな。代わりにオレじゃダメ?」
「いいよ〜!」

飛びつかれて抱っこして、頭を撫でてやったらものすごい視線が集まった。
オレがこの子と初対面じゃないのはみんな知ってるはずなのに、なんで?

「人見知りする子がなあ……」

ボソリとつぶやいたのは冴子さんの旦那さん。
そーいや最初は人見知りしてたっけな。

「遊んであげたらどうですか?」
「うん」

直江に言われて居間から退出。もう耐えられないぐらい緊張してたから良かった!
皆さんにお辞儀をして姪っ子と手を繋いで出た。
合計5人の子供たちと積み木や電車ごっこして遊んでやってるうちに、一番小さい子が疲れて眠りだした。
それからまた一人。
居間に戻って昼寝をさせたいって言うと、冴子さんと直江で子供たちの布団を用意してくれた。

「高耶くんも疲れたでしょう?ここは私に任せて、部屋で休んだら?」
「そうしましょう、高耶さん」
「あ、うん」

直江と別棟の部屋に戻って座布団を並べて少し横になった。

「疲れた……」
「あんなに気を使ってたんですからね、疲れて当然です」
「……なあ、オレのこと、みんななんて言ってた?」
「不思議な子だって言ってましたよ」
「なにそれ」

不思議だなんて言われたことないぞ。別に不思議なこと言って他人の興味を引こうとしたことないし、超能力があるわけじゃないし。

「私を真面目で一途な男にしたからですって」
「……それが不思議か?」
「奇跡だそうです」
「変なの」
「変じゃないですよ。自分でもこんな男になるとは思っていませんでしたから。本当に奇跡です。あの放蕩息子がひとりの人に落ち着くなら、相手が男の子でもいいんじゃないかって言ってましたよ」

それはあの居間でみんながオレに笑顔で気を使ってくれてたからわかる。
ちっとも無理してる感じじゃなかったし。

「お父さんは?」
「父ですか?父は昔から家の中では寡黙ですから、特に何か言ってはいませんでしたけど。気になることでも?」
「無表情だったからさ。ほとんどオレとは話さないしさ」
「戸惑っているだけですよ。私が話した時は『仲良くやれ』って言ってましたから、高耶さんに対して悪い印象はないと思います」
「そっか」

ならいいんだけどさ。
なんとなく、反対されてたらどうしようって思っただけだ。
一人でも反対してる人がいる家に図々しく上がりこんで、メシ食って、泊まるなんて、オレは嫌だったから。

「高耶さん」
「んん?」
「膝枕してあげましょうか?」
「……うん」

なるべくこの家ではイチャイチャしないようにしようって思ってたけど、今は二人きりだし、甘えたい気分だ。
直江の膝に頭を乗せて、髪を撫でられてるうちに眠くなってきて少しだけ寝た。

 

 

 

ツヅク


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高耶さん、初宇都宮。