同じ世界で一緒に歩こう

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モデル体験
その1

 
         
   

卒業制作のための原案が出来たのは秋。
それに沿ってプレゼンボードを作ったり、デザイン画を書いたり、パターンを作ったりしたのは冬休み前。
今は冬休みも終わって縫製作業に入るところだ。

今回は卒業ってことで、今までの集大成なわけだから半端なものを作るわけにいかない。
時間をうまく使って自分なりにこだわってみた。

それになんたって卒業展示会ってゆーファッションショー形式のコンテストなわけだから、いい成績を取る=賞金が出るんだな。
奨学金で通ってる学校なだけに早くお金を返したい。

今回は毛皮を使おうと思った。フェイクファーで充分なんだけど、目立つところは本物のファーで。
それで材料を買う金が必要になった。兎の毛皮はそんなに高くはないけど、やっぱり使うとなると概算して5万円ぐらいの材料費が必要になる。

バイト代から2万出せるとして、あとの3万は仕送りを節約して捻出するしかない。
でもそれって毎月カツカツで暮らしてるオレにとってはとんでもない額だ。

どうしよう。直江に借りてもいいんだけど、それはそれでなんかヤダ。
金のために直江と付き合ってるわけじゃないんだし。
だからって他にもバイト増やしたら製作の時間がなくなる。

こんなことなら正月に帰った時に小遣い貰っておくんだった……。

そんな話を譲んちで千秋に愚痴ったんだ。
最近この二人は仲良くて、譲の家に千秋が遊びに行ったりして
メシ食ってたりしてるから、オレも混ぜてもらって食費節約のつもりで。

「あ、千秋、金貸してよ」
「ヤダね。直江に借りればいいじゃねえか。お金持ちの彼氏にさ」
「それはなんかプライドが許さなくて」

譲にも聞いてみたけど、いくらなんでも3万円も貸すのは無理だって言われた。
そんでまたオレは迷宮に入ってしまった。何をするにも金はかかるもんだよな。
とりあえず親父に相談してみるか……。

 

 

その翌日、親父に電話しようと携帯を持ったところで千秋から電話がかかってきた。

「なんだ?」
『おまえにいいバイト紹介してやろうと思ってさ』
「マジで?何?」
『モデル』
「は?」

モデル?千秋や直江みたいな?

「無理だよ!そんな時間もねえもん!」
『1日でいいんだけど。綾子からもぜひおまえにやって欲しいって言われててさ。日給3万円』
「やる」

即決だ。どんな内容かはわからないけど日給3万円なんて他には有り得ない金額だろ?
やらないでどーすんだっての!

『……おまえな……。まあいいや。内容聞くか?』
「おう」
『とりあえず、おまえと俺と成田の3人でやる。成田にはもうOK貰ってあるから3人で決定な。クライアントは建設会社で、写真撮ってそれがポスターになる』

あんまり広告費をかけられないって内容で広告代理店から話があったそうだ。
急な依頼で、スケジュールを調整できて若くて体つきがいいとなると、ちょうどハマるのが千秋だけで、他の二人はシロウトのモデルを使って安くあげたいらしい。
広告のモデルってのは雑誌やショーと違って期間契約だから値段も跳ね上がるんだって直江に聞いたことがある。
直江の場合は短期から長期で幅があるけど数百万円から数千万円だから、千秋もまあ数百万は貰うんだろう。
きっとそのギャラで予算がほとんど占められてるんだと思う。で、オレと譲は3万円。そんなもんだ。

「どんなカッコすんの?」
『作業着だってさ』

だったら目立つようなポスターじゃないはずだ。どうせ主役は千秋なんだから気楽にやってもいいのかも。
シロウト使うような広告なんだしな。超脇役だ。

撮影は今週の日曜ってことで決まってるそうだ。

『んじゃ綾子に伝えておくから。日曜の朝、うちの事務所集合だからよろしく』
「わかった」

電話を切ってから譲にメールをした。オレもモデルやるからって。
そしたら「高耶は3万のために絶対やると思ってた」なんて返事が返ってきた。ひどい親友だな。

 

 

 

「え?日曜日、デート出来なくなったんですか?」
「うん、ごめん。急なバイトで」

直江がアパートに来てくつろいでた時に話した。今度の日曜は二人で家具を見に行く約束をしてたんだ。
オレが直江んちに引っ越すための家具を。

「バイトって……バイク屋さんのバイトじゃないんですよね?またフィッターとか、そういう単発のですか?」
「そう。ほら、今度の卒業制作で金がかかるから、ちょっとだけでも欲しいかなって思って」
「私が出すのに……」
「そんなとこまで甘えてらんないだろ。一緒に住むようになるのにおまえはマンションの家賃いらないってゆーし、生活費もほとんど出すってゆーし」
「それは高耶さんの奨学金を返すために使って欲しいからですよ。美弥さんの学費だって必要でしょう?」

そうなのだ。美弥はまだ大学が決まってなくて、国立になるか私立になるかわからない。
私立だったらオレと親父で一生懸命働いてやっと卒業させてやれるほど高い金額がかかる。
だから直江は家賃も生活費もいらないって言ってきたんだ。
高耶さんのお給料は奨学金の返済と美弥さんの学費にあててくれって。

「だから直江にこれ以上金を使って欲しくないんだよ。借りたっていつ返せるかわかんないしさ」
「……そういうことですか。じゃあ今回は高耶さんのバイトを優先しましょう。デートはいつだって出来ますからね」

オレの心情をようやく理解してくれた。いつもみたいに優しく頭を撫でられる。

「こーゆー……甘やかしはいつもしてくれよ?」
「ええ、いつでもしますよ」

生活面でも甘えることになるんだろうけど、オレは直江に大事にされてる感じがする甘やかしが好きだ。
いつまでもこうして甘やかして欲しいなって思う。必要だなって思う。

「じゃあ土曜の夜はイチャイチャしてくれるんですよね?」
「……あ、うん」
「楽しみにしてます」

どの程度のことをされることやら……作業着つってもどんなのかはわからないから、キスマークだけはやめてもらわないと。

「それで、なんのバイトなんですか?」
「へ?」
「フィッターですか?」
「……えーと、えーと……」

これは黙ってた方がいいのか、それとも話した方がいいのか。
モデルといえば直江の同業。それをやるなんて言ったら反対されかねない。

高耶さんの写真が日本中に貼られるなんて許せない!あなたは私だけのものだ!とかなんとか。
最悪の場合、ポスターを一枚一枚回収して回りそうだ。

黙ってたってどうせ知られるんだろうな。千秋と直江は同じ事務所だもんな。
けど綾子ねーさんや千秋に内緒にしててって言えばしてくれるだろう。建設会社のポスターなんか直江は縁遠いから見ないだろうし……。

ああでもバレた時がおっかねえんだよな〜。
どうしよっかなー。直前まで黙ってるって方法にしようかな。

「まだよく知らないんだ。譲が知ってるからあとでちゃんと聞いておかなきゃな〜……エヘヘヘ」
「譲さんと一緒にやるんですか。それなら安心して送り出せますね」

直江の中では譲の信用は高い。真面目な歯科大生ってことになってるから。
まあ確かに真面目な歯科大生ではあるんだが、バイトの話を持ってきたのは真面目な譲じゃなくて不真面目な千秋だ。
直江、騙すような真似してごめんな。
それもこれも独占欲が強いおまえが悪いんだ。決してオレが貧乏なせいじゃないぞ。

 

 

土曜の夜は当然のごとくHLLTで、直江は明日のぶんもイチャイチャしたいとか言って夕方からずっとベタベタモードのまま、夜まで持ち越してベッドの中でもしつこいぐらいベタベタしてきた。
んー、まあオレもベタベタするのは好きだからいいんだけどさ。

日曜の朝になって、二人で早起きして朝食を食べてる時にモデルのバイトだってことをバラした。

「な!なんですって?!」

目を見開いて、鼻の穴を大きく開いて、アメリカ人なみの大袈裟なジェスチャー付きで驚かれた。
あー、やっぱり!言うんじゃなかったー!!オレのバカ!!

「綾子にも長秀にも聞いてませんよ、そんな話は!」
「おまえがそうやって怒るから言わなかったんじゃねえの?」

いや、本当はオレが直江に内緒にしててくれって頼んだんだけど、それがバレたらすっげー怒られる。
だから適当に誤魔化した。

「いくら作業着だからって高耶さんの魅力は半減するわけじゃないのに!ポスターを見た老若男女がすべてあなたに惹き付けられて3日と空けずにファンクラブ発足なんて話になったらどうするんですか!」

こいつの頭の中は相変わらずおかしな妄想が次から次へと浮かぶように出来てるらしい。
付き合い始めた当初から何も変わらないな。

「イメージイラストを見せてもらったけど大丈夫だよ。千秋以外はヘルメットして座ってる写真になるんだ。しかも顔も体も黒いオイルみたいので汚れてる設定だし、写真は白黒だし」
「それでもですよ!」

うっぜー!!

「もう約束しちゃってるから反対してもダメ!直江だっていいって言ったんだぞ。男に二言はないはずだ」
「……それは……そうですけど……」

そろそろ出る準備をしなきゃいけないから無視して洗面所で歯磨きをして最終チェックの鏡を見た。
それでカバンを取りにリビングに戻ったら、やけにニヤついてる直江がいた。嫌な予感……。

「私も行くことにしました」
「なにいぃぃ?!」
「今、綾子に電話してOK貰いましたから。さあ、じゃあ私の車で譲さんを拾って事務所に行きましょう」

どうせ綾子ねーさんを脅してOK貰ったに違いないんだ!
行かせないと事務所移籍するぞとかなんとか言って!

「私の高耶さんですから。しっかりと監視しないと何をさせられるかわかったもんじゃありません」

そんなに意気込むことじゃないのに〜。
何をさせるかなんて、オレだってガキじゃねえんだ。変なことなんかしない。
つーか、変なことなんか絶対にないっての。大きな建設会社だぞ、クライアントは。

「行きましょう!」
「…………はあ…………」

これってもしかして前途多難てやつか?

 

 

 

車の中で譲に電話したら、直江がついてくるってことに超驚いてた。
そりゃそうだろ。千秋とシロウトがやる仕事に大物モデルが付き添いだなんて、普通有り得ない。

さすがの譲も直江の不穏な気配を感じ取って、今回ばかりはどうなることかとビクビクしながら車に乗った。
事務所に着いたら千秋とねーさんが仏頂面で座って待ってた。

「それで、どこが撮影現場なんだ?」

まるで直江が仕切るかのような口ぶりだ。

「ここから歩いてでも行ける距離よ。麻布。タクシー拾って行くわよ」

今日の担当はねーさんらしい。千秋のマネージャーは急な仕事だったせいで調整できなくて、他のモデルの付き添いでオーディションに行ってるそうだ。
そんな直江とねーさんから引き離すようにして、千秋がオレを事務所の隅っこに引っ張ってった。

「おい高耶!なんで直江に言うんだよ!こうなるってことわかんなかったのか?!」
「黙ってたら後でキツーイお叱りを受けるのはオレなんだぞ!まさか直前になって直江がこう出るなんて思ってなかったんだよ!」
「キツーイお叱りなんかおまえにゃしねえだろ、あのバカは!どうせエッチなお叱り程度だろ!俺や綾子は本気のキツーイお叱りを受けるはめになるんだから、ちっとは考えてくれよな!」

ヒソヒソ声で千秋とケンカした。
直江は綾子ねーさんから奪った企画書を読んでフムフム言ってる。それをビクビクしながらねーさんと譲が見てる。

「余計な口出ししてきたらおまえが止めろよな」
「そんぐらいわかってらあ」

オレの制作費と卒業がかかってるんだ。邪魔だけはさせないぞ。

 

ツヅク


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なせモデルなんだ・・・。