同じ世界で一緒に歩こう

53

モデル体験
その2

 
         
   

スタジオに入るとクライアントの広報の人と、広告代理店の人がいた。
ねーさんがまず挨拶して、それからオレたちの紹介をした。きちんと挨拶して準備のための控え室に行こうとしたら、やっぱり広報の人も代理店の人も直江を見てねーさんを引き止めた。

「タチバナさんがどうしていらっしゃってるんですか?」
「あ、ええと、付き添いというか、見学というか……本人が手伝うと言ったものですから……今回はスタッフとして扱ってくれてかまいませんので……お気になさらず……ホホホ」

だな。今回はスタッフとしてバリバリ働いてもらおうじゃねえか。ついてきた罰だ。

控え室に入ってスタイリストから渡された作業着はグレーの普通の作業着で、上着の胸には建設会社の名前が刺繍されてた。
でもその上着を貰ったのは譲だけで、千秋は胸にオレンジの糸で会社名を刺繍してある紺のTシャツ、オレは白の普通のタンクトップだった。
それから黄色いヘルメットと軍手。
どれもヨレヨレ感たっぷりで、ヘルメットも普段使ってる傷だらけのやつだった。

千秋は最初それを見てちょっと嫌そうな顔をしたけど、やっぱり何を着てもかっこいいモデルなわけで、すっごい似合ってた。

「……千秋……おまえ、マジで何着ても様になるな……」

思ったより逞しくて「かっこいい作業員」みたいな感じ。

「あったりまえだろ。プロだぞ、俺は。ま、そういうおまえもすげー似合う。このまま就職できるんじゃねえの?」

なんだかそれってオレがモトハルに内定してるのが似合わないって言ってるみたいだぞ。くっそ。

「成田も案外似合ってるな。意外とイケてる」

みんなこういう格好は初めてだ。だからなんか学芸会の衣装合わせっぽく楽しんでたんだけど。

「……なぜ高耶さんだけこんな肌を晒す服なんだ……」

やっぱりか。タンクトップがお気に召さないらしい。

「直江、あんた今日はスタッフなんだからね。余計な口出ししないでよね」
「わかっているが……」
「出したら高耶くんにどえらい目に合わせられるかもね」
「……それは避けたい……」

ねーさんが持ち直して直江をうまく操縦してくれてる。よし、オレも今日は徹底して厳しくしよう。
って、ホントに厳しくできるかわかんないけど。

それからメイク。汗をかいて汚れた感じを出すために体と顔にオイルを塗るらしい。塗ってからスプレーで水をかけると本物の汗みたく見えるんだって。
黒いドーランを顔や腕に少し塗られて汚れを演出。

「あはは。ホントに工事現場の人っぽくなったね」
「仕上げはヘルメットか」

オレと譲はヘルメット着用で、目深に被って千秋の引き立て役になる。
こんな感じで1時間かけて作った即席作業員は代理店の人に連れられてスタジオに入った。
直江は仏頂面で後ろをついてきてた。そんなにオレがモデルやるの嫌なのかな〜?

「直江」
「……はい」
「どう?オレ似合う?」
「ええ……ワイルドでかっこいいです。高耶さんは何を着ても魅力的です」
「これで少しは直江の気持ちもわかるかな?モデルやって写真撮られるのってどんな気分なんだろうっていつも思ってたんだ」
「高耶さん……」

これはホントにそう思ってたけど、半分は直江の機嫌を良くするための策略だ。
ほら、ちょっと言ってやっただけでニヤニヤし始めた。

「あああ!タチバナさん、触っちゃダメです!」

直江がオレのほっぺたを触ろうとしたとこを代理店の人に止められた。
そっか。触ったら黒いドーランが直江の手につくもんな。

「せっかくのメイクが剥がれますから!」

そっちか。直江の手が汚れるとかそーゆーの考えてたオレも相当直江にメロメロってことか?

スタンバイが全部終わって撮影に入った。
何枚か試し撮りして休憩中、千秋がここぞとばかりに直江をコキ使ってた。

「なんか飲み物買ってきて、直江〜」
「なぜ俺が」
「スタッフなんだろ?用もないのについてきたんだから、そんぐらいしろよな。嫌なら今から関係者以外立ち入り禁止ってことで、出てってもらってもいいんだけど〜?」

こめかみに血管を浮かせながら、直江は手を差し出した。

「なに、この手」
「買ってくるから小銭を出せ」
「はあ?自腹で買えよ。関係ないのについてきたんだからさ〜」

今日はさすがに直江の味方はしてやれない。だってみんなに迷惑かけてるんだもん。

「直江さん、俺もコーヒーか何か欲しいんですけど」
「アタシも〜」
「…………」

泣きそうな顔してオレを見たけど。

「じゃあオレのも買ってきて。あったかい紅茶がいい」
「高耶さんまで……」
「金は直江の財布から出しておいて」
「はい……」

背中を丸めてスタジオから出てった。スタッフの苦しみを知ればいいってねーさん言ってるけど、そんなに苦しいもんなのか?
オレがバイトで直江の付き人やった時はそんなに大変じゃなかったんだけどな。

「なあ、スタッフってそんなに苦労してんの?」
「してるわよ〜。直江と長秀なんか特にワガママだから……おっと、噂してたら戻ってきちゃった」

そうなんだ……直江ってワガママなのか……。

両手に缶を持って戻ってきた直江は目尻がヒクヒク痙攣してた。
たかが買い物ぐらいでそんなに腹立ててどうすんだよ。

「なーんか態度悪いな〜、今日のスタッフは〜」
「やかましい」

千秋は異常に意地悪するし、ねーさんはそれを無視するし、譲は面白がってニヤニヤしてる。
オレはといえば大好きな彼氏がバカにされてるようで面白くない……なんてことはなくて、たまには直江もこーゆー仕事をしてみたらいいと思ってる。
今までチヤホヤされすぎて、スタッフの苦労もわからないような男にはなってほしくないからな。

「高耶さんからも何か言ってくださいよ」
「んー、無理」
「そんなぁ……」
「いいじゃん、スタッフだってやってみりゃ楽しいもんだよ?モデルで売れなくなったらスタッフやるかもしんねーんだし、今のうちに経験しとけって」
「あ、そりゃいいな!そしたら直江、俺様のマネージャーになれよ。せいぜいコキ使ってやっからよ」
「冗談じゃない!私はいつまでも現役でやってみせます!」

直江の現役宣言に嬉しそうな顔をしたのはねーさんだった。
年齢と共に少なくなってくるモデルの中で、直江はもう年上でベテランで。
いつまでも売れ続けるわけないって周りは思ってるけど、ねーさんだけはそう思ってない。

「そろそろスタンバイお願いしまーす」

撮影隊の人が呼びに来て再開。今度はリハーサルじゃなく本番だ。
お金も時間もない撮影なだけに短時間で終わらせなきゃいけなくて、カメラ目線の指示が怒鳴り声とともにバンバン飛んできて、シロウトのオレと譲はまるで睨むみたいにしてレンズを見てた。

今回はフィルムを使った撮影じゃなくて、デジカメでの撮影だったから全部の写真をモニターで確認できた。
オレたちもねーさんや代理店やクライアントと一緒に確認。

「おお、なかなかいいじゃないか」

そう言ったのはクライアントの広報部長さん。
カメラを睨んでる顔がいいって言われた。力強くて男らしいって。特に譲の目ヂカラは最高だって。
これが譲の本性なんじゃねえか?

そしたらカメラマンが笑いながらこう言ったんだ。

「わざと怒鳴った甲斐があったな。目に力が欲しいって注文だったから、キミたちにこういう顔をさせるために怒鳴ったんだ。悪かったね」

そうだったんだ。こういう撮り方もあるんだ。
笑顔の写真の時は面白いこと言ったり、褒めたりして笑わせるんだって。
でもオレたちはシロウトだから、今回みたいな写真の場合は「目に力を」って言ってもわけわからなくて戸惑っただろうから、わざと怒鳴ったんだって。

「これなんかいいね。この写真を使おう」

全員悪そうな顔つきのやつをクライアントの部長さんは気に入ったみたい。
千秋もふてくされた感じになってるやつ。
こんなんがいいのか?広告なのに?

「いかにも労働者って雰囲気にしたかったんだ。一生懸命な目をしてると印象深いポスターになるだろう?」

そーゆーもんなのか。まあなんつーか、笑顔ばっかりのポスターよりもインパクトはあるからな。

 

ツヅク


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