同じ世界で一緒に歩こう

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モデル体験

その3

 
   

 


「お疲れ様。今日は時間もなくて申し訳ない」
「いえ、お仕事いただけただけでも感謝してます」

ねーさんがクライアントと対応して事務的な話になったから、オレたちは控え室に戻ってシャワーと着替えだ。

「どうでした?私の気持ちは少しわかりましたか?」
「うん、まあまあ。オレは座ってるポーズだけだったけど、思ったより疲れるんだな」

シャワーが一個しかないから、次の仕事が待ってる千秋に先に使わせてやって譲と直江と3人で雑談した。

「疲れた〜、早く帰って昼寝したいよ」
「良かったら3人でお昼に行きませんか?」

なんでか直江は機嫌がいい。譲を誘うなんて。

「俺はいいです。昨夜、緊張して眠れなくて、今すぐに寝そうなぐらい眠いから」
「気ィ使わなくていいぞ?」
「使ってないよ。高耶は直江さんと二人でご飯食べて帰りなよ」

譲は本当に眠そうで、緊張が取れてやっと欠伸が出るようになったみたい。大口開けて欠伸連発だった。
千秋がシャワーから出てきて次は譲。さっぱりした千秋は次の仕事のためにドライヤーで髪を乾かすとすぐに出かける準備をした。

「次はどこなの?」
「晴海で雑誌の撮影。春物の服らしいから寒そうだな〜」

真冬に薄着での撮影か。てことは、直江も毎日そんな寒い目にあってるんだな。
今日のは屋内だし、照明も強かったから寒いどころか暑かった。

「じゃあな」

千秋が出ていくと直江と二人きりになった。

「……直江の気持ち、少しわかったような気がしたけど……まだ甘い方だったんだな」
「そう?どこが?」
「だってオレは寒いトコで薄着で撮影してないもん。……大変な仕事してるんだな、おまえって」

直江は笑いながらまだ黒いドーランがついてるオレの顔を触った。手が汚れるのに。

「高耶さんだって大変でしょう?毎日学校の課題を何かと持ち帰ってやってるじゃないですか。見てるだけでも大変だってことぐらいはわかりますよ」
「ん〜、そうかな〜」
「はい」

直江がチューしようとしたところで譲がシャワー室から出てきた。
慌てて立ち上がってタオルを持ってシャワー室に駆け込んだ。見られてたかもしれない!

「直江さん、手が真っ黒だよ?」

そんな声が聞こえてきた。オレの顔に触ったからか。

「もうちょっとゆっくりシャワーしてれば良かったかな?」
「……譲さん……」

見られてたみたいだ……。

 

 

 

シャワーから出てきたらねーさんがいた。すでに譲はいなくなってた。

「譲は?」
「お給料を貰って帰りましたよ」
「薄情者め……」

ねーさんがバッグから茶封筒を出した。

「これ、あんたのお給料ね。3万円。確認したら領収書を書いてくれる?」
「はーい」

中身を見るとキッチリと3枚入ってた。ねーさんに渡された領収書に名前と住所を書き込んで返す。

「またお願いするかもしれないから、そしたらやってくれる?」
「んーん。もうやらない。オレには無理だってわかったから」
「どうして〜!すっごい良かったのに〜!」
「だって大変なんだもん。すげー疲れたし、もうやりたくない」

直江にドライヤーをしてもらって、ねーさんにコーヒーをいれてもらって飲んだ。
モデルか……。思った以上にキツイ仕事なんだな。
表情を作るのもそうだけど、現場で色々指示を出されてそれに応えて、寒くても暑くても我慢して、クライアントや代理店に笑顔で挨拶して、体型や肌をキープして……それを直江はキッチリこなしてる。
いや、キッチリどころか期待されてる以上の結果を出す努力をしてる。

「私も同意見です。スタッフも大変なんですね」
「そうでしょ?直江、私たちの苦労もわかった?」
「ああ、痛感した。これからは一蔵にきつい言い方をしないように気をつける」
「そうね。アンタの一言で一蔵くんが何度泣きそうになったか……」
「直江ってそんなに厳しいのか?」

一蔵さんと直江が一緒にいるとこを何度も見てるけど、そんな厳しくしてるところは見たことがない。

「厳しいというか……ワガママというか」
「どんな?」
「前に直江の指輪を一蔵くんがどこにしまったか忘れちゃってね。その時の直江ったらひどかったのよ」

指輪ってゆーと、お揃いのやつ?

「無くなってたらどうしてくれるんだ!とか言って。それに……」
「綾子」
「はいはい。もう言いません」

直江の迫力に負けたわけじゃなく、ねーさんはオレを見てニッコリ笑って話をやめた。
なんなんだ?もしかして全部オレ絡みでワガママ言ってたんじゃねーだろーな……。

髪が乾いたから帰る支度をしてスタジオを出た。ねーさんとはその場でお別れ。
オレと直江は遅めの昼飯を食うために近くのファミレスに入った。

「さっき、綾子に言われましたよ」
「厳しくすんなって?」
「いえ、その話ではなくて。本当にいつまでも現役でいろって」

オレがシャワーに入ってる間にそんな話をしたんだそうだ。

「私はもうモデルとしては年齢的に上の方になってきてるんですよ。クライアントは若いモデルを使いたがるし、最近ではタレント要素も要求されるでしょう?そんな中で現役でいられるのはよっぽど努力しないと無理だって」

直江の努力が半端じゃないってことは誰でも知ってる。ダイエットに付き合ったからよくわかる。

「それでも続けたいのは仕事が好きだからです。正直なところ、自分が主役だと思った仕事は一度もなくて、常に誰かや何かの脇役に徹しているつもりです。何かの役に立つ、そんなスタンスが好きでやってる仕事ですから」
「脇役……」
「ええ、服だったりモノだったり誰かだったり」

今日の主役は千秋。でも本当の主役は建設会社の「仕事」だ。

「年をとるごとに仕事は減っていくかもしれない。そんな不安はいつもありますけど、それを越える仕事をすればいつまでも一線で働くことは可能です。ただ努力は人の倍以上しなくてはいけない。それをアンタは出来るのか、と念押しされたんですよ」
「できる?」
「ええ、出来ます。あなたがそばにいてさえくれれば」
「なんでオレ?」
「高耶さんと一緒に仕事したいですから」

きっと直江はそれだけの理由でいつまでも努力し続ける。どんなに時間がなくても、どんなに疲れてても、どんなに苦しくても。
恵まれた容姿を持って生まれてきたけど、さらにそれを磨かないといけない。

「だったらオレもすっごい頑張る。直江と仕事できるまで何にも諦めないで頑張る。人一倍努力する」
「はい、お願いします」
「オレは不器用だから時間がかかるかもしれないけど、それでも待ってられるか?」
「待ちますよ。何歳になっても使ってもらえるモデルになります。白髪になろうがシワが出来ようが、それさえも武器に出来るようなモデルでいますから、私を使ってくださいね」
「うん」

直江の決意表明を聞いたみたいな気分。前向きに生きるのは大変だけど、やってやれないことじゃない。
オレは直江がいれば大丈夫。直江もオレがいれば大丈夫だ。

「それに今日は勉強になりました」
「ん?」
「スタッフの苦労もわからないといいモデルとは言えませんね。一蔵にも優しくしないと見限られてしまうかもしれない」
「かもな。直江も千秋みたいに飲み物買ってこいだの言ってんだろ」
「……まあ、ほんの少々」

嘘くせー。絶対千秋みたいな感じなんだ。

「食べ終わったら家具を見にいきませんか?」

ヤバいと思ったのか話を変えてきた。可哀想だし突っ込むのはやめておくか。

「うん。どんな部屋にしようか」
「高耶さんの好きなもので埋め尽くしていいですよ。どうせ寝室は一緒なんですから」
「え?寝室は一緒なの?」
「え?!」

オレの冗談に大きく驚いて素っ頓狂な声をあげた。寝室が一緒じゃないってだけでそこまで驚くか?
って、驚くよな。なんたって相手は直江なんだから。

「高耶さん?!」
「冗談に決まってるだろ。寝室は一緒だよ」
「良かった……家庭内別居だなんて言われたらどうしようかと思いましたよ」
「それじゃ同居の意味がないじゃん。バーカ。いい加減、その『高耶さん病』を治せ」
「いつまでも患っていたい病気なんですけど」

アホか。けどそこが好きなとこだったりして。

「……じゃあ、こうしよう。オレも直江病になる。それならオアイコだろ」
「はい!!」

結局直江に甘くなる自分と、オレに甘くなる直江の構図はいつまでも変わらないみたいだ。
だけどそれが一生続いて欲しい。
お互いの努力が足りなくて、仕事が一緒に出来なかったとしても、そばにいるだけで満足だと思われるような、そんな二人になりたい。

食べ終わってからタクシーで目黒まで行って、オシャレな家具屋が並ぶ道をのんびり散策した。
家具は欲しいのが全然決まらなかったけど、直江と二人で歩けるなら楽しかったからいいんだ。

 

 

 

それからしばらく経ってポスターが出来上がった。
直江はそのポスターを何枚も貰ってきて(クライアントに無理矢理何枚も要求したって噂もあった)一枚を書斎の壁にバーンと貼って、一枚を大事に丸めて保存して、あとの残りは全部オレの部分だけ切り抜いて寝室の壁だの、洗面所の鏡だの、リビングの飾り棚だのにご丁寧に額縁まで買って飾ってた。

自分の顔がそこらじゅうにあるのが耐えられなかったオレが、直江のいないうちに全部片付けたことは言うまでもない。
直江が泣きそうになってたけどそんなこと知るかっつーの。
飾られるオレの身にもなってくれ。

「高耶さん!!」
「おかえり〜」

いつものごとくチューしてくれるもんだと思ったら、チューはナシでギュウギュウ抱いてきた。

「いつまでも私だけの高耶さんでいてくれますよね?!」
「ど、どうしたんだ?なんだよ、当たり前じゃん」
「ポスターが私を苦しめてます!」
「どうゆうこと?」
「建設会社に何本も電話が来たそうです!あの男の子は誰だって!」
「へ?千秋のことじゃねえの?」
「高耶さんのことですよ!!」

インターネットの掲示板から火がついて、あの男の子たちは誰だって話になってるそうだ。
一人は有名な長秀で、他の二人は誰だろうって。
建設会社としてはシロウトのモデルを使ったってことを伏せておきたいのか、秘密にしてくれてるらしいけど。

「高耶さんは私のものだ!!」

悲痛な雄叫びをあげる直江にチューをした。

「人気者を恋人に持つ気分はどうだ?」
「心配で胃に穴が空きそうです!」
「それがオレの気分でもあるからな。それもわかってモデル続けろよ?」
「…………はい!」

普段はこんなふうにどうしょもない直江。
でもいつまでも『タチバナヨシアキ』でいようと頑張る直江。
大好きだ。

「よし、明日からはポスター回収して回るぞ。いつまでも高耶さんの美しい写真を世間の衆目に晒しておくわけには……」
「そんなことするな、バカ!」

大好きだけど頑張るところを間違えないで欲しいな、やっぱり。


 

END



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あとがき

あ、卒業制作の話にする
つもりがこんなものに・・・
次回は高耶さんの卒業展示会の
話になります。