同じ世界で一緒に歩こう 53 |
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ねーさんがクライアントと対応して事務的な話になったから、オレたちは控え室に戻ってシャワーと着替えだ。 「どうでした?私の気持ちは少しわかりましたか?」 シャワーが一個しかないから、次の仕事が待ってる千秋に先に使わせてやって譲と直江と3人で雑談した。 「疲れた〜、早く帰って昼寝したいよ」 なんでか直江は機嫌がいい。譲を誘うなんて。 「俺はいいです。昨夜、緊張して眠れなくて、今すぐに寝そうなぐらい眠いから」 譲は本当に眠そうで、緊張が取れてやっと欠伸が出るようになったみたい。大口開けて欠伸連発だった。 「次はどこなの?」 真冬に薄着での撮影か。てことは、直江も毎日そんな寒い目にあってるんだな。 「じゃあな」 千秋が出ていくと直江と二人きりになった。 「……直江の気持ち、少しわかったような気がしたけど……まだ甘い方だったんだな」 直江は笑いながらまだ黒いドーランがついてるオレの顔を触った。手が汚れるのに。 「高耶さんだって大変でしょう?毎日学校の課題を何かと持ち帰ってやってるじゃないですか。見てるだけでも大変だってことぐらいはわかりますよ」 直江がチューしようとしたところで譲がシャワー室から出てきた。 「直江さん、手が真っ黒だよ?」 そんな声が聞こえてきた。オレの顔に触ったからか。 「もうちょっとゆっくりシャワーしてれば良かったかな?」 見られてたみたいだ……。
シャワーから出てきたらねーさんがいた。すでに譲はいなくなってた。 「譲は?」 ねーさんがバッグから茶封筒を出した。 「これ、あんたのお給料ね。3万円。確認したら領収書を書いてくれる?」 中身を見るとキッチリと3枚入ってた。ねーさんに渡された領収書に名前と住所を書き込んで返す。 「またお願いするかもしれないから、そしたらやってくれる?」 直江にドライヤーをしてもらって、ねーさんにコーヒーをいれてもらって飲んだ。 「私も同意見です。スタッフも大変なんですね」 一蔵さんと直江が一緒にいるとこを何度も見てるけど、そんな厳しくしてるところは見たことがない。 「厳しいというか……ワガママというか」 指輪ってゆーと、お揃いのやつ? 「無くなってたらどうしてくれるんだ!とか言って。それに……」 直江の迫力に負けたわけじゃなく、ねーさんはオレを見てニッコリ笑って話をやめた。 髪が乾いたから帰る支度をしてスタジオを出た。ねーさんとはその場でお別れ。 「さっき、綾子に言われましたよ」 オレがシャワーに入ってる間にそんな話をしたんだそうだ。 「私はもうモデルとしては年齢的に上の方になってきてるんですよ。クライアントは若いモデルを使いたがるし、最近ではタレント要素も要求されるでしょう?そんな中で現役でいられるのはよっぽど努力しないと無理だって」 直江の努力が半端じゃないってことは誰でも知ってる。ダイエットに付き合ったからよくわかる。 「それでも続けたいのは仕事が好きだからです。正直なところ、自分が主役だと思った仕事は一度もなくて、常に誰かや何かの脇役に徹しているつもりです。何かの役に立つ、そんなスタンスが好きでやってる仕事ですから」 今日の主役は千秋。でも本当の主役は建設会社の「仕事」だ。 「年をとるごとに仕事は減っていくかもしれない。そんな不安はいつもありますけど、それを越える仕事をすればいつまでも一線で働くことは可能です。ただ努力は人の倍以上しなくてはいけない。それをアンタは出来るのか、と念押しされたんですよ」 きっと直江はそれだけの理由でいつまでも努力し続ける。どんなに時間がなくても、どんなに疲れてても、どんなに苦しくても。 「だったらオレもすっごい頑張る。直江と仕事できるまで何にも諦めないで頑張る。人一倍努力する」 直江の決意表明を聞いたみたいな気分。前向きに生きるのは大変だけど、やってやれないことじゃない。 「それに今日は勉強になりました」 嘘くせー。絶対千秋みたいな感じなんだ。 「食べ終わったら家具を見にいきませんか?」 ヤバいと思ったのか話を変えてきた。可哀想だし突っ込むのはやめておくか。 「うん。どんな部屋にしようか」 オレの冗談に大きく驚いて素っ頓狂な声をあげた。寝室が一緒じゃないってだけでそこまで驚くか? 「高耶さん?!」 アホか。けどそこが好きなとこだったりして。 「……じゃあ、こうしよう。オレも直江病になる。それならオアイコだろ」 結局直江に甘くなる自分と、オレに甘くなる直江の構図はいつまでも変わらないみたいだ。 食べ終わってからタクシーで目黒まで行って、オシャレな家具屋が並ぶ道をのんびり散策した。
それからしばらく経ってポスターが出来上がった。 自分の顔がそこらじゅうにあるのが耐えられなかったオレが、直江のいないうちに全部片付けたことは言うまでもない。 「高耶さん!!」 いつものごとくチューしてくれるもんだと思ったら、チューはナシでギュウギュウ抱いてきた。 「いつまでも私だけの高耶さんでいてくれますよね?!」 インターネットの掲示板から火がついて、あの男の子たちは誰だって話になってるそうだ。 「高耶さんは私のものだ!!」 悲痛な雄叫びをあげる直江にチューをした。 「人気者を恋人に持つ気分はどうだ?」 普段はこんなふうにどうしょもない直江。 「よし、明日からはポスター回収して回るぞ。いつまでも高耶さんの美しい写真を世間の衆目に晒しておくわけには……」 大好きだけど頑張るところを間違えないで欲しいな、やっぱり。
END
あとがき あ、卒業制作の話にする
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