同じ世界で一緒に歩こう

54

ソツテン
その1

 
         
   

最近高耶さんに無視されている。
電話をしてもメールをしても返事がない。

それというのも高耶さんが本格的に卒業制作をやっているからだ。
毎回この時期はなかなか会えなかったりするのだが、今回は徹底的に会えなくなっている。
寂しくなって電話をしたら、電話をする時間がもったいないからやめてくれ、と断られた。
メールをしたら返事が来なかった。

打ちひしがれて泣きそうになったこと7回。しかし泣いているなんて知られたら後で「男らしくない直江なんか嫌いだ」とか言われてしまいそうなので、誰も見ていないにも関わらず泣かないように我慢している。

とりあえず毎日おやすみメールだけはくれているので、大人しく待っていることが出来る。
のだが。
ここ2日間それすらない。
怒られるのを覚悟してアパートに行くことにした。

「高耶さん」

ドアをノックしながら呼んでみた。
中からミシンの音が聞こえているからいるにはいるのだ。

もう一度ノックしようとしたらドアが開いた。

「……直江……来るなって言ったのに……」
「高耶さん?」

元気がない。よく見たら汗が額で光っている。顔もちょっと赤いか。
もしかしたら。

「熱があるんじゃないですか?」
「まあな。風邪引いたっぽい」
「それなのにミシンかけてたんですか?」
「だって終わらないんだもん」

制作の期限はあと1日。今日の日曜で完成させて学校に持って行かなければいけないらしい。
それなのに風邪だと?

「こじらせたらどうするんですか!」
「こじらせようが何だろうが終わらせなきゃいけないんだよ!」

こんな時、代わってやれない、手伝ってもやれない自分に腹が立つ。

「いいから帰ってくれ。風邪うつるし」
「そうはいきませんよ。じゃあ何か手伝います。お茶汲みだろうが汗拭きだろうが」
「……よし」

ようやく部屋に入れてもらって中を見回すと、布地や素材が所狭しと置いてあった。
しかしどうやらそれは高耶さん基準で整頓されている様子でもある。

「あとどのぐらいですか?」
「もうちょっとってとこ」

デザイン画を見せてもらうと、複雑なドレープの入ったブラウンのチェックのウール地らしきワンピースと、そこからはみ出る白いペチコート、そして同素材のジャケットには毛皮があしらってあった。
彼の手元にも同じチェックの布地が。

ガタガタとミシンを動かして、スカート部分のドレープを再現している。器用なものだ。

「ジャケットは出来たんですか?」
「ああ、あそこにかかってる」

鴨居にハンガーでかかったジャケットがあった。しかしデザイン画とは少し違う。
どこが違うのか見比べてみると、ポイントになっているボタンがない。
それに毛皮もまだ取り付いていなかった。

「……手縫いでいいなら少し手伝いましょうか?」
「マジで?縫い物なんか出来ないのに?」
「ボタン付けぐらいは出来ますよ。襟の毛皮も下手でいいなら」

どうやら襟の毛皮は取り外しが出来るようなタイプにしたいらしく、あとは裏地を取り付けてスナップボタンを縫い付ければいいだけらしい。

「じゃあやって。糸は茶色いのが買ってあるからかがり縫いして欲しいんだけど……」
「どうにかやってみます」

高耶さんが出した縫製のテキストを貸してもらって、かがり縫いのやり方を学んだ。
これならどうにか出来そうだ。

床が散らかっているので、ベッドの上に座らせてもらい、毛皮と裏地をつける作業を手伝った。
……おお、なんだか高耶ブランドの従業員になったようではないか。ステキだ……。

「う〜」

しばらくすると高耶さんが唸りながらバスルームに入って行った。
とにかく早く終わらせて眠って欲しいと考えていた私が甘かったらしい。
高耶さんはトイレで吐いたのだった。熱がそうさせているようだ。

「大丈夫なんですか?!」

ドア越しに話しかけると「うん」と言う声がしたが、とても弱々しくて聞いていられない。
バスルームから出てフラフラとまたミシンの前に座って縫い物を始める。こんな状態でなんて人だ。

「いいから続けて。これが終わったら寝るから。病院で薬ももらってるし、大丈夫」

急いでいる理由は早く終わらせて風邪をどうにか治して学校に持ち込みたいからだそうだ。
キリのいいところまで終われば寝られるから、と。

「あとはワンピースとペチコートのファスナーをつけて、裏地と合体させれば終わるんだ。もうちょっとだから」

吐いたせいか真っ青な顔をしながら汗を噴き出して縫っている。
必死で制作をしている彼に今「やめろ」と言えるわけがない。
そばにいて、何かあったら助けるぐらいしか私にはできないようだ。

それから6時間後、高耶さんも私も脇目も振らずに縫い物をしたおかげで、少しの手抜きもなく完成した。
時間はすでに深夜2時。
レトルトのおかゆをコンビニで買ってきて食べさせ、薬を飲ませてから寝かせた。
明日は制作物を持って行くだけでいいらしいので、午後まで寝かせて車で学校に送って行く約束をした。
安心したのか高耶さんは布団に入って1分もしないうちに眠ってしまった。

 

風邪を引いている高耶さんに遠慮をして、毛布にくるまって床で寝ていた私が起きたのは朝9時。
ベッドではグッスリ寝ている高耶さんがいる。

寒くないように一晩中ストーブを焚いていたせいか、空気が濁ってしまっていた。
窓を開けて換気をしようとしたら、やけに外が明るかった。

「なんだ……?」

カーテンを開くとそこは一面の銀世界。夜のうちに雪が降って積もったのだ。

「……これじゃ車が出せないな……タクシーで行くか……」

顔を洗いにバスルームに行こうとしたら、高耶さんの携帯電話がけたたましく鳴った。
見てはいけないような気がしたが、メールではなく電話だったのが気になってサブディスプレイに出た名前を見てみると、矢崎くんだった。

「んん……」

電話の音で目を覚ました高耶さんが、いまだ鳴り続けている携帯を取ってくれと私に指示したので渡すと、通話ボタンを押して電話に出た。

「ん、おはよ……。熱?まだあると思うけど……。うん、完成はしてる……え?今日じゃなくて明日になったのか?」

しばらくその様子を見ていた。
高耶さんと矢崎くんの会話からすると、雪のせいで交通機関が麻痺したらしく、先生すら学校に行かれないので提出は明日でいいという感じだ。

「サンキュ。じゃあな」

電話を切ってから私の顔を見て、かすれた声で「おはよう」と言った。

「提出、明日でいいって。だから今日は寝てることにする」
「良かったですね」
「ん〜、頑張って作ったのにって気持ちはあるけど、まだツライからマジで良かったよ。直江は今日休み?」
「ええ、土日と仕事でしたから、今日は休みです」
「そしたら……看病してくれる?」
「もちろんですよ」

甘えた表情をしていたので汗で濡れた髪を梳いてやって、額にキスをした。
体を拭いて着替えさせてやろう。こんなに汗をかいているならパジャマもびしょ濡れになっているだろう。

「着替え、出しますね」
「うん……あと何か食べたい」
「昨夜の残りのおかゆがあります。それでいい?」
「いいよ」

鍋で温めている間に着替えさせて体を拭いた。薬のおかげで熱は少し下がっているようだったが、まだ体の節々が痛いらしく、だるそうに腕を上げたりしていた。

おかゆが温まったので食べさせ、また寝かせた。
手を繋いでいて欲しいと言うので布団の中に手を入れて、眠ってからもずっとそうしていた。
とりあえず今日は看病に専念するか。

 

 

それから一週間、風邪もすっかり治った高耶さんが私にチケットを3枚渡した。

「これは直江のぶんと、あと2人誰か連れて来てくれ」

卒業展示会のチケットだった。
今回は卒業生ということでファッション業界の審査員も揃っている本格的なファッションショー形式の展示になる。
観客はほとんどが卒業生の親族や友人だそうだが、それでも超満員になるほどのショーだ。

「事務所の誰かでいいですか?」
「うん。譲と千秋にはもう渡してあるから、その他のメンバーでな」

この日のために私はガッチリと休みをもらっていた。高耶さんの卒業制作を見なくてなんとする。
あんなに頑張った3年間。そして風邪で具合が悪くても必死で作っていたワンピース。

「じゃあ長秀たちと待ち合わせて一緒に行きますよ」
「うん、そうしてくれ」

高耶さんの服が出るのはショーの中ぐらいだそうだ。似たような雰囲気のデザインの服と一緒に出るそうで、着るモデルはあの小島雪乃とかいう高耶さんに惚れている女の子らしい。
彼女の顔は覚えているからきっとすぐに分かるが……なんだか不満でもある。

「オレは朝から行っちゃうけど、直江たちは開場してから来いよ。すっごい混むから場所の確保しとかないと見えないかもしれないからな」
「はい。人を無理矢理掻き分けてでも場所取りします」
「掻き分けるな」

そして当日、私は綾子とマネージャーのマリコさんを連れて会場に足を運んだ。
道の途中にある花屋で花束を買っている人々がいるのに気が付いた。

「アタシたちもお花買ってってあげようか」

そうか。そういえばファッションショーをやるとデザイナーがいくつも大きな花束を貰っているな。
こちらも同じショーなのだから、みんな製作者に渡したりするのだろう。

「そうだな」
「もちろん直江が全額出すんでしょう?」
「当然だ」

花屋に入ってバラを選ぼうとしたら綾子に止められた。そんな花束は嬉しくないだろう、と。
愛がこもっているのだからバラでいいじゃないかと反論すると、デザイナーがそんな花束を貰っているところを見たことがあるのか、と突っ込まれた。
ないな。
デザイナーが貰う花束は大抵がセンスのいい組み合わせで構成されている。

思い直して「とにかく大きくてセンスが良くて目立つものを」と注文して作ってもらった。
数分後、とんでもなく素晴らしい花束が出来上がった。男性に渡すと言ってあったので、色合いは地味に抑えてあるが、大振りの珍しい花がいくつも入っている。

「やっぱアタシたちは別口で作ってもらうわ……それじゃこっちのセンスまで疑われちゃう」

失礼な。
しかし私だけからの花束というのもいいものだろう。愛情が溢れかえっている大きな花束なのだから。
綾子たちは白を基本とした小さ目の花束を作ってもらっていた。まあ高耶さんにならどんな花も霞んでしまうのだから大きさなんて関係ない。

「直江〜。あんた大きな花束がよく似合うわね〜」
「そうか?」
「写真撮りたいぐらい」

写真は撮られなかったがかなり目立ったようで、会場に着くまでジロジロ見られっぱなしだった。
おかげで長秀たちとも難なく合流できた。

 

ツヅク


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看病されてる高耶さんがスキ。