同じ世界で一緒に歩こう 54 |
||||
最近高耶さんに無視されている。 それというのも高耶さんが本格的に卒業制作をやっているからだ。 打ちひしがれて泣きそうになったこと7回。しかし泣いているなんて知られたら後で「男らしくない直江なんか嫌いだ」とか言われてしまいそうなので、誰も見ていないにも関わらず泣かないように我慢している。 とりあえず毎日おやすみメールだけはくれているので、大人しく待っていることが出来る。 「高耶さん」 ドアをノックしながら呼んでみた。 もう一度ノックしようとしたらドアが開いた。 「……直江……来るなって言ったのに……」 元気がない。よく見たら汗が額で光っている。顔もちょっと赤いか。 「熱があるんじゃないですか?」 制作の期限はあと1日。今日の日曜で完成させて学校に持って行かなければいけないらしい。 「こじらせたらどうするんですか!」 こんな時、代わってやれない、手伝ってもやれない自分に腹が立つ。 「いいから帰ってくれ。風邪うつるし」 ようやく部屋に入れてもらって中を見回すと、布地や素材が所狭しと置いてあった。 「あとどのぐらいですか?」 デザイン画を見せてもらうと、複雑なドレープの入ったブラウンのチェックのウール地らしきワンピースと、そこからはみ出る白いペチコート、そして同素材のジャケットには毛皮があしらってあった。 ガタガタとミシンを動かして、スカート部分のドレープを再現している。器用なものだ。 「ジャケットは出来たんですか?」 鴨居にハンガーでかかったジャケットがあった。しかしデザイン画とは少し違う。 「……手縫いでいいなら少し手伝いましょうか?」 どうやら襟の毛皮は取り外しが出来るようなタイプにしたいらしく、あとは裏地を取り付けてスナップボタンを縫い付ければいいだけらしい。 「じゃあやって。糸は茶色いのが買ってあるからかがり縫いして欲しいんだけど……」 高耶さんが出した縫製のテキストを貸してもらって、かがり縫いのやり方を学んだ。 床が散らかっているので、ベッドの上に座らせてもらい、毛皮と裏地をつける作業を手伝った。 「う〜」 しばらくすると高耶さんが唸りながらバスルームに入って行った。 「大丈夫なんですか?!」 ドア越しに話しかけると「うん」と言う声がしたが、とても弱々しくて聞いていられない。 「いいから続けて。これが終わったら寝るから。病院で薬ももらってるし、大丈夫」 急いでいる理由は早く終わらせて風邪をどうにか治して学校に持ち込みたいからだそうだ。 「あとはワンピースとペチコートのファスナーをつけて、裏地と合体させれば終わるんだ。もうちょっとだから」 吐いたせいか真っ青な顔をしながら汗を噴き出して縫っている。 それから6時間後、高耶さんも私も脇目も振らずに縫い物をしたおかげで、少しの手抜きもなく完成した。
風邪を引いている高耶さんに遠慮をして、毛布にくるまって床で寝ていた私が起きたのは朝9時。 寒くないように一晩中ストーブを焚いていたせいか、空気が濁ってしまっていた。 「なんだ……?」 カーテンを開くとそこは一面の銀世界。夜のうちに雪が降って積もったのだ。 「……これじゃ車が出せないな……タクシーで行くか……」 顔を洗いにバスルームに行こうとしたら、高耶さんの携帯電話がけたたましく鳴った。 「んん……」 電話の音で目を覚ました高耶さんが、いまだ鳴り続けている携帯を取ってくれと私に指示したので渡すと、通話ボタンを押して電話に出た。 「ん、おはよ……。熱?まだあると思うけど……。うん、完成はしてる……え?今日じゃなくて明日になったのか?」 しばらくその様子を見ていた。 「サンキュ。じゃあな」 電話を切ってから私の顔を見て、かすれた声で「おはよう」と言った。 「提出、明日でいいって。だから今日は寝てることにする」 甘えた表情をしていたので汗で濡れた髪を梳いてやって、額にキスをした。 「着替え、出しますね」 鍋で温めている間に着替えさせて体を拭いた。薬のおかげで熱は少し下がっているようだったが、まだ体の節々が痛いらしく、だるそうに腕を上げたりしていた。 おかゆが温まったので食べさせ、また寝かせた。
それから一週間、風邪もすっかり治った高耶さんが私にチケットを3枚渡した。 「これは直江のぶんと、あと2人誰か連れて来てくれ」 卒業展示会のチケットだった。 「事務所の誰かでいいですか?」 この日のために私はガッチリと休みをもらっていた。高耶さんの卒業制作を見なくてなんとする。 「じゃあ長秀たちと待ち合わせて一緒に行きますよ」 高耶さんの服が出るのはショーの中ぐらいだそうだ。似たような雰囲気のデザインの服と一緒に出るそうで、着るモデルはあの小島雪乃とかいう高耶さんに惚れている女の子らしい。 「オレは朝から行っちゃうけど、直江たちは開場してから来いよ。すっごい混むから場所の確保しとかないと見えないかもしれないからな」 そして当日、私は綾子とマネージャーのマリコさんを連れて会場に足を運んだ。 「アタシたちもお花買ってってあげようか」 そうか。そういえばファッションショーをやるとデザイナーがいくつも大きな花束を貰っているな。 「そうだな」 花屋に入ってバラを選ぼうとしたら綾子に止められた。そんな花束は嬉しくないだろう、と。 思い直して「とにかく大きくてセンスが良くて目立つものを」と注文して作ってもらった。 「やっぱアタシたちは別口で作ってもらうわ……それじゃこっちのセンスまで疑われちゃう」 失礼な。 「直江〜。あんた大きな花束がよく似合うわね〜」 写真は撮られなかったがかなり目立ったようで、会場に着くまでジロジロ見られっぱなしだった。
ツヅク
|
||||
看病されてる高耶さんがスキ。 |
||||