卒業展示会が終わって実質上学校に行かなくなったから、直江んちに引越しをした。
家具は全部二人で色んなとこを回って買ってもらった。そこまではさすがに悪いかなって思ったんだけど、直江が全部金出すってゆーから甘えさせてもらったんだ。
なんかオヤジとそーゆー約束してるとか言い出すし。いつの間に……。
で、家具は木製の机と本棚と赤い布張りの一人掛けソファ。
客間は6畳しかないからミシン置く机とデザインする机と本棚を置くともう狭くなる。
だからソファは一人掛けだしベッドもない。
ベッドは別に寝室のでかいやつで寝るから良くて、ケンカした時は直江を追い出して一人で寝ることにした。
そんで家具が来て今日は引越しだ。トラックの運転出来るのが兵頭しかいなかったから頼んだんだけど、やっぱり直江は不機嫌でずーっと不貞腐れながら運んだりしてる。
気にしすぎなんだよな。直江は。
兵頭なんか落ち着いたもんで直江を気にすることなく普通に話してんのにさ。大人だよ、兵頭は。
全部運び終わると昼を大幅に過ぎた時間になったから、3人で遅めの昼飯だ。今日は引越しだからソバ。
「あったかいのと冷たいのとどっちがいい?」
「私はどちらでも……」
「おまえに聞いてるんじゃないよ。兵頭に聞いてんの。手伝いに来てくれてるんだから兵頭が優先だ。どっちがいい?」
「少し寒かったからあったかいのがいいな。仰木が作るのか?」
「うん。ソバは得意料理だから任しておけ」
直江ってばマジで不愉快みたいだ。見たこともないようなすっごい顔してブーたれてる。
ちょっと可愛いかな。
仕方ないからポットでお湯を沸かして、夫婦湯呑の大きい方にお茶を淹れて出した。一応これでも愛情表現だぞ。
兵頭にはお客さん用の湯呑なんだからな。
「ゆっくりしてて。すぐ出来るから」
「おう」
「……はい」
わかってるのかわかってないのか直江の表情はあんまり変わらなかった。わかってないな、こりゃ。
鍋にお湯を沸かしてダシをとってたら直江がキッチンにやってきた。
「手伝いましょうか?」
「いや、別に手伝ってもらうことはないけど」
だってソバだし。簡単だし。
「戻って休んでろ」
「……戻りたくありません……」
声を潜めて、しかも少し怒り気味にそう言った。ワガママだな〜。
「いい加減にしろって。別に何かされたわけでも、したわけでもないんだろ。毎回そんな嫌な顔すんじゃねえよ」
「嫌な顔にもなるでしょう。何を話せばいいんですか。私はあなたのことを他の男と話すつもりはありませんよ」
「世間話してりゃいいじゃねえか」
「共通の話題なんかありません」
「……いいから戻れ」
命令口調で睨んでみたら、大人しくすごすご退散した。
確かに直江と兵頭じゃ共通の話題なんかないけど、そこらへんは直江も努力した方がいいんだよ。
もう一緒に住むんだから優越感持って余裕こいてていいと思うんだけどな〜。
「タチバナさん、タバコ、吸ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
兵頭なんかは全然気にしてないみたいに普通に話してくれてるんだし、直江も自然にしてたらいい。
二人のぎこちない(直江だけ一方的にぎこちないだけか)会話を聞きながら料理してた。
「タチバナさんちってセンスいいですね」
「はい?」
「いや、その。モデルとかやってると洗練されるんだなと思って。この灰皿、フィフティーズのアンティークですよね。ローテーブルやソファは北欧でしょう?」
「ええ……よくご存知で……」
オレですら知らないのによく北欧だなんてわかったな。すげー。
「来るまでずっとゴージャスな家具で固めた部屋かと思ってたんですよ。それかモノトーンでシンプルにしてるのかと」
オレも出会った時はそう思ってたんだ。でも実際来てみたら素朴というか温かみがあるってゆーか、そんなインテリアだった。値段は絶対に高いんだろうけど。
ソファは座る部分が広くてベッド代わりにもなるほどの奥行きで、木組みの上から柔らかい革張りがしてある。なんの動物の皮なのかわからないけど高そう。
テーブルだって飾り棚だって豪奢って感じじゃなくて、見た目シンプルなのに温かみはある。
でも両方有名な家具デザイナーの超高級品なのを最近雑誌見て知った。
「家を見ると人がわかるって言うじゃないですか。本来のタチバナさんはこんな人なんだなって……」
どんな人だろ?値段は高いけど見た目は質素?いや、直江の見た目は質素じゃないし、家具だって質素ってイメージじゃない。
どっちかっていうと優しい感じ。
豪華とか、嫌味とか、そういうんじゃなくて、上品だけど温かい、そういう家具ばっかりだ。
そっか、直江ってこの家に似てるんだな。
ちょうどソバが出来上がって、どんぶり3つをお盆に載せて直江たちが待ってるリビングへ。
「できたぞ〜」
主にオレと兵頭で会話しながらソバを食った。直江は大人しく無言で食ってる。
でもよっぽど落ち着かなかったのか七味唐辛子を入れすぎて汗かきながら食ってた。バカだ。
兵頭は夕方から約束があるとかで、ソバ食ったら帰るらしい。トラックも借り物だから早めに返したいんだって。
「ごちそうさま。じゃあ俺、そろそろ帰るから」
「下まで送るよ。直江も行くぞ」
「はい」
トラックのある地下駐車場まで見送りだ。エレベーターに3人で乗って地下へ。
「ありがとな!」
「どういたしまして。ソバ、ごちそうさん」
「次に会うのはバイトだっけ?」
「だな」
オレは2月いっぱいでバイトは辞める。3月は研修と合宿があるからバイトしてる時間がない。
財布はちょっと寂しいことになるけど、足りないぶんは直江が貸してくれるし大丈夫だ。
兵頭はバイト先がそのまま就職先になるから残ってギリギリまで販売をやるそうだ。
トラックに乗り込んだ兵頭をじーっと見ていた直江がすっごく自然に言った。
「これからも仕事、頑張ってくださいね」
「……ありがとう、ございます」
直江から励まされたのをビックリしたのか、兵頭もオレもしばらくポカンとしてた。
けどすぐに兵頭が顔を歪ませて笑った。
なんとなく悲しそうに見えたのはオレだけか?
「じゃあまた」
「おう、またなっ」
トラックは大きなエンジン音をさせて出て行った。
悲しそうに見えたのは見間違いじゃなかったみたいだ。直江もそう言ってたから。
「戻ろう、直江」
「はい」
部屋に戻って二人で食器を片付けながら兵頭のことを話した。
「さっきの顔は、きっと私があなたの恋人であることを、やっと自分も認めたという意味でしょうね」
「ああ、そういう意味か……んじゃ……今日、手伝ってもらったのって、オレ、ひどいことしたってことかな?」
「でも友達なんでしょう?」
「うん……だけどさ。あ、なあ、なんでさっき『頑張ってください』なんて言ったんだ?」
直江はオレの顔を不思議そうに見てから、思い出したように「ああ」と言った。
本気で忘れてたくさい。
「高耶さんが大人になっていくのと同じで、兵頭も大人になっていくんだと思ったら感慨深くなったんです。ああして諦めなくてはいけないものを諦めて、でも前向きに考えるようにしている兵頭を見て、成長してるんだって思ったんですよ。諦めることも成長の一部なんですよね」
やっぱ直江は温かくて優しいんだ。兵頭もそれがわかったから顔を歪ませて笑ったんだ。
オレの彼氏はどこを探してもみつからないほど、オレにピッタリの相手なんだって思ったんだろうな。
「だからって死んでも他の奴にあなたを渡したりしませんが」
「死んだら渡すも何もないじゃん。あとは自由にさせてくれよ」
「た、高耶さん……」
「うわ、冗談だって。そんな泣きそうな顔すんな!オレは死のうが何しようが直江のものだってば!」
バカな彼氏を宥めるのに必要だった時間は30分。たった一言でこんなに落ち込んじゃうんだから、ホントにオレがいなきゃダメになっちゃうよな。
とりあえず今はチューの雨でも降らせておこう。
直江が立ち直ってから部屋の中を整理した。今まで使ってたミシンや道具はデスクへ。
本や雑誌、教科書、CDは本棚に。他にも雑貨を置いたりした。
「もう終わりそうですね」
「うん、まあ細かい所は使いながら整頓していく感じでいいんじゃないかな」
「ですね」
「えーと、今日から、よろしく」
「こちらこそ……なんだかおかしな気分ですね。住んでるみたいに高耶さんがいつもいたのに、今更になってよろしくだなんて」
「オレもそう思うけど、一応引越しの挨拶ぐらいは、な」
挨拶の代わりにチューをして、本当にオレがここに住んだなと、もうアパートに帰ることもないんだと、その確証が欲しくて手を繋いで家の中を歩き回った。
「そういえば」
「ん?」
「さっき高耶さんがいない時に兵頭に聞かされたんですが」
「うん、何?」
「私は高耶さんがいないとまるっきりダメな男だけど、お金だけは持ってる、そう言ったそうじゃないですか」
「う」
直江がエレベーターで荷物を運んでる最中、部屋の中で兵頭と片付けながらそんな話をしたんだ。
なんで同居しようと思ったのかとか、必要性はあるのかとか。兵頭の言うことにはゲイの同居ってのは案外難しいみたいで、いつまでも一緒に暮らすなんてほとんどないって話だから、それを心配してくれたわけ。
そんな話だったからあんまり直江に聞かれたくないオレの下心もちょっと話しちゃったんだよな。
「どういう意味でしょうか?」
「んー、逆っつーか……あいつは金は持ってるくせに、オレがいてやらないとダメになっちゃうから、だから一緒に住むんだって説明したんだ」
「……それならまあ……聞こえは良くなりますが……」
「正直言うとオレも直江も下心あるわけじゃん。オレは節約できて広いマンションに住めるって下心があるし、直江は浮気チェックできるとかエッチたくさんできるとか、そーゆーの、あるだろ?でも最終的にはそばにいたいからって結論になるんだよ。直江は意外に短気だからグズグズと同居を引き伸ばしたら神経やられて体壊すかもしれないし?だったら今、やれることやっといた方がいいじゃん。それにオレ、直江と一生暮らしていく気でいるし」
「……高耶さん……!!」
オレの言葉が思ったよりも嬉しかったみたいでギュウギュウに抱かれてしまった。
息苦しいのに笑いが止まらない。オレも嬉しいんだもん。
「この日が待ち遠しかった?」
「トーゼン!!」
いつものリビングのいつものソファに座って、強く抱きしめてくれってねだった。
この腕の中にいるのはいつもオレで、そのオレはこの家に住んでいて、直江のもの。
目を閉じて実感した。
「ホントに嫁に来た気分だ」
「絶対に離しませんから」
「いいよ。オレは直江のもの。オレだっておまえを離すつもりはないんだから、そのへん良くわかってろよ?言っておくけどオレは相当嫉妬深くて粘着質だからな。直江の幸せを願って身を引くなんてもう考えないから。浮気しようもんなら一生許さないし、家出したってしつこく付き纏ってやるから覚悟しとけ」
ちょっと引かれるかな、って思ったんだけど、ありのままの気持ちを言わないといけない気がした。
だってこれからはずっと一緒なんだから。
直江も私だって同じ気持ちですって言った。だからチューして甘えた。久しぶりに濃度100%で甘えた。
だって今日は嬉しい日じゃんか!
「今日はメチャクチャ甘えても許される?」
「私が許さなかったことがありますか?」
「ははっ、ないか。んじゃ今日は一日中直江にくっついてるからな。どこに行くにも一緒だからな」
「はい」
そのままリビングでいい雰囲気になってずーっとチューしてた。
「キスしたまま一日過ごすってどうでしょう?」
「それはヤダ」
「……じゃあ手を繋いでいるなら?」
「そんならいいよ」
つーわけでなるべく一日中手を繋いで過ごすことになった。
最近なんだか甘えてなかった気がする。いや、甘えてるには甘えてるんだけど、ちょっと淡白っつーか?
盛り上がりに欠けるってゆーか?
別にすれ違いがあるわけじゃないんだけど、なんか物足りない感じがしてたんだ。
だから今日は目一杯甘える!!
同居が始まってからすぐ、学校の卒業式があった。
直江がやけに気張ってて、自分の卒業式でもないのになぜかスーツを新調してた。もうけっこう前からオーダーしてたそうだ。
オレはパリに行く時に買ってもらったオシャレなスーツで卒業式に出たってのに。
式が終わったら直行で帰ってきてくれって言われてたから、友達の誘いは夜だけOKして帰ったら、すぐに車に乗せられて世田谷の小さなスタジオに強制連行された。
いったい何をする気なんだと思ったらなんと写真を撮るだけのためにスタジオを借りて、カメラマンも頼んであるとか抜かしやがった。
「たかが卒業式で!」
「されど卒業式です!」
スタジオの前で言い合いをしてたら中から知った顔が出てきた。
「よう、卒業おめでとう、仰木」
「……む、武藤!武藤もグルかよ!」
「グルじゃねえって。タチバナさんに雇われただけ。おまえの卒業写真を撮る依頼でな」
そんなことしたらオレと直江が付き合ってるってバレちゃうじゃん!
「可愛い従兄弟の卒業式だってゆーからさ。俺も仰木の写真撮りたかったからちょうどいいやって思って引き受けた」
「……なにそれ……」
「いいから入れよ。道端でケンカすんな。タチバナさん、もうスタンバイ出来てますからすぐ撮れますよ。1時間しかスタジオ借りてないんで早めにお願いします」
「はい」
中に入ると大きな背景用スクリーンが張ってあって、もうカメラもセットされてて、照明もあとは明かりをつけるだけになってた。
ここまで大袈裟にするから直江もスーツ新調したのか!だから今日はそれを着てるのか!
オレはてっきり高級レストランでの卒業祝いランチ用スーツだと思ってたのに!腹減ったよ!
「これ終わったらお昼ご飯に行きましょうね。ペニンシュラホテルのレストラン、予約してますから」
最近オープンした超高級ホテルの超高級レストランだそうだ。
仕方ない、これ終わらせて早くレストランに連れてってもらわなきゃお腹と背中がくっつくよ。
それに撮らなかったらきっと超高級レストランは連れてってもらえない……。
諦めて武藤に指示された場所に立って、腕やら足やらの位置を文字通り手取り足取りセットされてまず3枚。
それから直江もフレームインしてきて二人並んで3枚。
……これなら近所の写真館でいいじゃねえか……。
「終わり?」
「まだですよ」
武藤が余計な指示を出してきた。自然に会話しろって。
どうやったらこの状況で自然に会話なんか出来るんだ?
「無理!」
「いつもみたいに普通にしてりゃいいんだよ。タチバナさんと話してる感じが欲しいんだけど」
どうやら武藤は仕事じゃなくても直江の写真が撮れて、オレの写真も撮れるしで引き受けたみたいだ。
前に「人間を撮りたい」っつってたからその一環なんだろうってのはわかるけどいい迷惑だ。
でも武藤のためだ、被写体になってやろうじゃねえか。
「……もう腹減って死にそう」
「もうちょっとですよ。終わったらもういいって言うまで食べさせてあげますから」
「ホントに?じゃあデザート全部注文して全部食ってもいいんだ?」
「ええ、食べきれるならいくらでも」
「オレの胃袋ナメんなよ」
冗談を言いながら会話して、自然に、いつも直江と話してるのと同じような雰囲気を作った。
作ったってゆーか、勝手にそうなった感じではあるけどな。
その間、武藤はずっとシャッターを切ってた。5分ぐらいそうやってたら、今度はオレだけの自然な写真が欲しいって言って直江を外した。
だけど撮られ慣れてきてたから一人でも平気だった。武藤と話しながら笑ったりしかめっ面したり、いろんな表情して色んなポーズして撮られてもそんなに恥ずかしくなかった。
「オッケー!終了!」
ツヅク
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