直江んちにはでかい風呂場がある。ウチにはユニットバスしかない。
うちのユニットバスは不便だ。
シャワーを浴びてる時に中にタオルや着替えを入れておくと絶対に湿る。
換気扇をずっと回してないと結露が床に伝い落ちて溜まる。
シャワーカーテンの内側にシャンプーや石鹸を置くスペースがない。だから濡れた腕をカーテンの外に伸ばして取らなきゃいけない。
冬場にあったかいお湯に浸かりたくても、体を洗う時にはお湯を捨てなきゃいけない。
そんなわけで直江んちの風呂はオレにとってパラダイスだ。
でかい湯船に浸かってボケーッとするのが好きで、これがないと翌日の調子が出ない。
で、オレは冬休みの間、ほとんど直江の家にいた。
このまえ直江と大きなケンカをして、んでその成り行きってわけじゃないけど仲直りしてからアパートの合鍵を渡した。
直江はすっげー喜んで毎日のようにアパートに来てたんだけど(オレがバイトでいなくても来てた)どうもおかしい。
きれいに畳んで押入れにしまったはずのTシャツ数枚がテキトーに畳まれて入ってた。きちんと畳んだはずなのに、だ。
要はTシャツを入れてる引き出しが荒らされたってことなんだ。
犯人は一人しかいない。直江だ。
直江が入り浸るようになって4日目。そのTシャツの件で問い詰めてみた。
予想はしてたけどあいつはオレのTシャツにスリスリしたりクンクンしたりしてたらしい。
変態か、おまえはー!!!
「合鍵没収!!」
「すいませんでした!もうしません!」
「没収だ、没収だ、没収だー!!」
「それだけは!」
土下座して謝ったから二度とするな、したらエッチ2ヶ月禁止ってことで約束させた。
さすがに2ヶ月の禁止は直江には絶対無理なんだ。
「今夜はここに泊まってもいいでしょう?」
「んーと、オレは今から直江んちに行きたいんだけど」
「うちに?あ、わかりました。ここ最近は大きな声でエッチしてないからですね」
「アホか!!そんなわけないだろ!!」
直江はバカだ。
そりゃ大きな声でエッチはしてないけど、そんなことで直江んちに行きたいとか言うはずないだろうが。
オレはな、でかい風呂に入りたいんだ。
だけどそれを正直に言ったら直江は落ち込んでしまうから言わなかった。
「直江んちでのんびりしよう。ほら、アレあったじゃん。アレ」
「アレ?」
適当に誤魔化しただけだからアレが何なのか自分でもわかってない。早くアレを特定しなきゃ。
「アレだよ、アレ。ええっと、直江に買ってもらったココア。あれ飲みたい」
「ココアですか」
「そうそう!ココアってリラックス効果だかなんだかあるんだよな?」
「さあ?」
「あのココア美味いんだよな〜。さすが高級品だよ。直江ってばどうしてオレの好きなものとかよくわかってんだろうな〜?」
「そ、そうですかぁ?」
いいぞ、いいぞ!このまま押し切れ!
「な?それに直江んちの牛乳で作ると本当に美味くて、直江大好きって気持ちになるし〜」
い、今のはちょっとわざとらしかったか?
「じゃあ行きましょうか!一緒にココア飲みましょう!」
「おう!」
よっしゃ!!
直江んちの風呂で遊ぶために(リラックスのためだ!)この前買ったアヒルちゃんと、風呂用足ツボ&肩揉み効果のあるタコの形のやつで吸盤みたくなってるのと、バスタブの水が炭酸みたくなるバスボムってゆーのを持って行った。
わざわざ自分で買ったんだぞ。
それを直江んちに着いて出したら怪訝な顔をされた。
「なんですか、これ」
「お風呂グッズだ」
「はあ……これは?」
「足ツボと肩揉みのやつ」
「うちはジェットバスだからそれを使えばいいのに」
「いいの!」
アヒルちゃんを(昔デニス・ホッパーが「アヒルちゃん」て言いながら風呂に入ってるCMやってたな)持った直江は眉間にシワを寄せて不思議そうにしてた。
「いいだろ、それ」
「幼稚園児みたいですね」
「おまえの姪っ子が遊びに来たら使えるぞ」
「でも高耶さんが使うんでしょう?」
ますます不思議そうだ。でも風呂=アヒルちゃんの図式は変更不可だ。
「だってさー、直江と風呂入るとすぐに鼻血出すんだもん。つまんないからアヒルちゃんと入るんだ」
「あなたと風呂に入るのは……確かに鼻血ですけど……」
アヒルちゃんを取り返すと今度はバスボムを持った。
「ソフトボール……?」
「じゃなくて、バスボム。これを入れて入るとな、炭酸効果で体を温める&マッサージ効果だ」
「はあ」
オレは夕飯前に風呂に入るのが本当は好きだ。風呂から上がってコーヒー牛乳を飲んで、それから出来たばっかりの夕飯を食べる。幸せだよな、こんなの。
でも今はそんなの出来ない。
夕飯を作るのはオレだから。
こんな時に直江が料理できないってのを恨むよ、まったく。
仕方ないから風呂は夕飯のあと。んでコーヒー牛乳飲んで、直江にかまってもらって、それでいいやって感じ。
でもオレの幸せをどうにかしたい。
「あのさあ……直江、料理作れるようになりたくない?」
「ええ、少しは」
「じゃあさ、今度教えてやるから覚えろよ」
「そうですね。魚を焼いてご飯を炊いて味噌汁が作れるぐらいにはなりますよ」
「おっしゃー!!」
幸せ計画に一歩前進の兆し!!
「じゃあオレ、風呂入ってくる」
「はい」
グッズをすべて持って風呂場に。いや〜、いいなあ、直江んちの風呂は!!
ザブザブやれるっていいなあ!
ウキウキで風呂を堪能してたら直江がドアを叩いた。
「なに〜?」
「もう1時間も入ってますけど大丈夫ですか?」
「うん」
「湯当たりしないでくださいよ?」
「わかってるって〜」
心配性め。邪魔すんじゃないっての。
それから直江と交代してオレはリビングでコーヒー牛乳を飲みながらノートパソコンを開けた。
風呂でCDかけたりラジオを聞けるものが欲しいからインターネットで物色。
直江が出てきたらねだってみようっと。
「何を見てるんですか?」
「欲しいものがあってさ」
隣に座ってPCを覗き込んだ直江。ついでに腰を抱かれた。
「風呂用のCD再生機ですか?」
「そう。これ買って」
「……イヤです」
「ええ?!」
まさか直江が断るとは!!オレが買ってって言ったらコタツもマッサージチェアも買ってくれたのに!!
「なんで?」
「なんでも」
「む〜、ケチ」
「欲しいなら自分で買いなさい。そしてアパートに置いてください。うちには置かせません」
「むむ〜!」
「甘えてもこれだけはダメです」
なんでだ!!ちくしょう!
「なおえ〜」
「う……とにかくダメったらダメですよ」
こうなったら色仕掛けだ。コタツの時のように!
「これ欲しいな〜」
そう言いながら直江の太ももを触る。ゆっくり手を動かして足の付け根に。
肩に寄りかかってから首だけ回して鎖骨にチューした。
「な〜、なおえ〜」
耳をかじって息を吹き込む。
「買って?」
「……くぅ……あなた、ずるいですね」
「じゃあ買ってくれる?」
「…買ってあげますよ。その代わり」
「うん?」
「それを使った日は絶対にエッチしてください」
「え?!」
「約束できたら買ってあげます」
どうしてだ?!おかしな条件出しやがって!
「どうします?」
「……じゃあいらない!!」
直江め!!
プンスカ怒ってたんだけど、直江にココアを作ってもらったらすぐに機嫌が直った。
オレも案外単純だ。
「は〜、うまい。しあわせ」
「そうだ、高耶さん」
「は?」
「あのCD再生機、高耶さんのアパートに置くなら買ってあげますよ」
「なんでオレんちに」
「ここの風呂場じゃないならいいってことです」
よくわからん。
「なんでそんなにダメなんだよ。理由がわかればオレだって納得するのに」
「そうですね…じゃあ言います。今日、あなたはお風呂グッズのせいで1時間半も風呂に入ってました」
「うん」
「もしCDを聞きながら入るとなったら2時間に伸びませんか?」
「伸びるかもなぁ」
「そのぶん、私と過ごす時間が減るからダメなんです」
………………………そんなことか………………。
「じゃあ直江がオレと風呂に入れるようになればいいじゃん。鼻血なんか出さないでさ」
「それは無理かと……」
「情けない……たかが風呂で……」
「そう言いますけどね、風呂場でのあなたはいつもよりもずっと扇情的で本当にマズいんですよ。無自覚なのも怖いですよ。だってあなたときたらあんな明るい場所でピンクに染まって、濡れた髪や体で私に甘えてくるでしょう?それをやられると脳天から爪先まで血が沸騰するんですから」
顔をしかめて文句を言いながら何を恥ずかしいこと言ってるんだか!
そりゃオレだって直江が鼻血出して出血多量で倒れたり、頭の血管が切れて救急車呼んだりするのはヤダけどさあ。
「じゃあいいよ。いらない、うちにあったってあんな風呂じゃ使わないしな」
「一緒に暮らし始めたら買ってあげますよ。そうしたら2時間でも3時間でも風呂に入っててください。その頃にはあなたのプライベート全部、私のものですからね」
「……うん」
オレのバスパラダイスは先延ばしになったけど、直江がやっぱりオレを甘やかしてるのはわかったからいいとするか。
そして今日も直江んちにいる。今日は新しいアイテム持参だ。
「なんです、これは」
「んーと、直江用にな。おまえって風呂でのんびりするタイプじゃないだろ?だから少しでも長めに入れるように」
「はあ……」
「浮かない顔だな。いいか?風呂ってのはな、体をあっためて疲れを取るんだぞ?モデルやってるくせにそんなのも知らないのか?立ちっぱなしのときなんか足がむくんだりするんだからさ、やっぱ翌日に疲れを残したらいけないと思うわけ。で、これだ」
オレが袋から出したのは首の指圧が出来るフィット感快適な風呂用枕と、足のマッサージができるコロコロ。
「ちょっとはゆっくり入れるだろ?あと……」
本日のメインだ。直径15センチのまん丸ボール型ライト。
「……ハロ……?」
「ハロじゃねーよ。これはバスライト。バスタブに浮かべるんだ。青から緑に色が変わるんだぞ」
「……これをどうしろと?」
「これがあったらさ〜……ほら、このまえ言ってたみたいに明るい中でオレの裸がどうとかって……」
うう〜、恥ずかしい!!
「だからな!風呂場を暗くして、これの明かりだけなら直江も鼻血を出すこともないだろーって思って!」
「え?!」
「鼻血さえ出さなきゃ一緒に風呂に入れるだろ!そ、そしたら直江と過ごす時間も減らないし!」
もうここまで言っちゃったから恥ずかしいこともない、って思いたいんだけど、恥ずかしいものはやっぱり恥ずかしい。
だってオレが直江と一緒に風呂に入りたいって願望をすっごい持ってるってことだから。
「だから今日はこれ使って、直江と一緒に入る!」
「ええ〜!!」
「イヤなのか?!ああ?!」
「いえ、めっそうもない!入ります!ぜひに!」
二人ともちょー照れながらそのバスライトを見てた。
いい加減恥ずかしくなって直江の手からライトを奪って、スイッチを入れてみた。
「ああ、けっこうキレイなんですね」
「な?これと濁り湯の入浴剤入れればもっとキレイだよな」
「そうですね……こういう楽しみ方もあったんですね」
言葉には出さないけど、直江はオレを誉めてくれたみたいだ。嬉しい。
先にオレが入って準備をした。今日の入浴剤は別府温泉。バスタブにはアヒルちゃんとバスライトを浮かべる。
もちろん直江の風呂用枕も。
照明を消して直江が入ってくるとバスタブの中で光る明かりと、窓から入ってくるほんの少しの光だけになった。
「この暗さじゃ体を洗うのに不便ですね」
「んじゃ洗ってやる」
「大丈夫ですよ」
適当に直江が体を洗ってる間にオレはバスタブに浸かりながらバスライトをじっと見てた。アヒルちゃんにも光が当たって面白い。キレイってゆーよりもアヒルちゃんがホラー映画に出演してるようなライティングだ。
「失礼します」
「ん」
オレの背後の位置に直江が足を入れてきた。半分スペースを空けるとジャブンと体を沈めて胸あたりまで浸かった。
それからオレの体を後ろから抱きこむ。
「少しぬるくないですか?」
「長く入るにはいいんだよ。30分間ぐらいが理想なんだって」
「そうですか」
「鼻血は?」
「大丈夫ですね」
良かった。これで直江と風呂に入れるようになった。
「こんな時間があるなんて思いませんでしたよ。気持ちよくてのんびりしてて、仕事だの人間関係だのを忘れますね」
「手、出して」
「はい?」
直江の手を取って指圧してやった。どこを押しても痛いって言うぐらいだから、直江はきっとオレが考えてるよりも仕事で疲れてるんだろうな。やっぱ大事だよ、こういう時間は。
「気持ちいいだろ?」
「………………」
「直江?」
指圧を始めて3分ぐらいかな?枕に頭を預けて眠ってた。
もうちょっとだけこのままにしておいてやろう。溺れたら助けてやればいいや。
それからしばらくして直江が電化製品の店の紙袋を下げて帰ってきた。
「なに、それ」
「急に欲しくなったので買ってきました」
袋から出すとオレが欲しがってた風呂用CD再生機。
「どうしたんだ?!あんなにダメって言ってたのに!」
「風呂に入るのがあんなに気持ちいいって知らなかったから、もしかしてこれがあったらもっと気持ちいいかなと思って」
「やったー!!」
「また一緒に入りましょうね」
「うん!!」
だけどちょっと違った。
一緒に入らない日もあるんだけどさ、その時は直江も1時間以上入るようになっちゃって、オレが退屈してても直江は風呂から出てこない。ドアを開けて早く出ろって催促しても「はいはい」って言ってなかなか出る様子がない。
ミイラ取りがミイラになった。
しかも最近じゃお湯に入れるとジェル状になる入浴剤だの、あんかけ湯の元だのまで買ってきて楽しんでる。
「直江ってば!」
「わかりましたよ。もう出ます」
一緒に入ったら入ったで寝ちゃうし、一人で入ったら長風呂するし、オレと風呂とどっちが大事なんだ!!
「高耶さんの方が大事ですよ」
「没収だ!CD再生機没収!!」
「ええ!!それだけは!!」
「バカー!!」
オレのバスパラダイスは直江ありきのものだった。たとえ夕飯前に風呂に入れなくても、コーヒー牛乳がなくても、風呂上りだとか入ってる最中だとか、いや、いつでも直江がかまってくれなきゃ意味がない。
なんかもう困るよ。直江大好きすぎて困る!!
END
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あとがき
寒くなってお風呂が恋しい高耶さん。
ついでに直江も恋しい高耶さん。
鼻血はこれで解決できたけど
これからはお風呂でエッチも
平気でしちゃうんだろうな。
直江は。